<これからの教会を考えよう> 日本の教会と滞日外国人と小教区の課題

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Fr.アドルフォ ニコラス (CTIC)
2001年6月23日

 1. 現実とデータ。

 

1.1 数字と国籍。

1.2 どうして日本に来られるのか。

 

2. そのデータに見える問題。

2.1 生活の問題。

2.1.1 経済的状況。

2.1.2 人間的に生きる困難。

> 働く日と自信。

> 家族。

> 子供。

2.1.3 文化関係の問題。

2.1.4 将来に関する問題。

 

2.2 信仰と司牧の問題。

2.2.1 信仰教育の不足。

2.2.2 宗教観の不明瞭。

2.2.3 信仰を支える体制の欠乏。

2.2.4 信仰を表現し祝う空間がないこと。

2.2.5 「知らない教会」に「お客さん」として受け入れられたこと。

2.2.6 司牧的ケアーが明らかに足りない。

2.2.7 将来に関する司牧問題。

 

2.3 子供の特別問題。

2.3.1 信仰を効果的に伝えること。

2.3.2 いじめ、アイデンティティ。

2.3.3 母親とのコミュニケーション。

2.3.4 教育。

 

2.4 日本の小教区の問題。

2.4.1 人数から来るバランスのアンバランス。

2.4.2 日曜日のミサの祝い方。

2.4.3 小教区の「日本的」(?)・国際的(?)性格(アイデンティティ)。

2.4.4 ビジョンのなさ、困惑、「混沌」。

2.4.5 新しい現実に創造的に応える「方法・手段」のなさ。

2.4.6 その他解決できる、小さな問題は色々あるが、多くの場合は一番皆の気持ちをそこねる。

 

3. 小教区の反応。

3.1 反応はさまざまでした。

a) 第一段階:急だったし、準備がなかったし、長く残るとは思わなかった。 

教会の門が開かれたが外国人信者は入り切れなかったし、アット・ホームに感じなかった。

b) 第二段階:15年経ったが外国人は残るようだ。小教区の反応は次のようだ:

(1)  外国の信者を積極的に受け入れて新しい司牧のプログラムのために

一緒に働く小教区があれば、

(2) 今までの歩みで疲れてしまって、外国人が教会で過ごす時間と行動

を細かい規則などでもって制限する教会もある。

(3) また、外国人のためにあったサービスを一方的に打切りにする。

 

3.2 その反応のもとにあった要素:

(1) 主任司祭。

(2) 信者の共同体。

(3) 小教区についての考え方とイメージ。「私たちの」教会など。

(4) 文化的要素。

 

4. CTICの奉仕。

4.1 CTIC亀戸。「相談センター」。

4.2 CTIC目黒。「司牧センター」。

4.3 CTIC千葉は準備されている。「地域のニーズに応えるセンター」。

 

5. 必要な司牧的ケアー。

5.1 大人向きのケアー。

a) 信仰教育と成長。

b) 信仰生活を支えるプログラム。

c) 文化的「統合」(Integration).

d) 心の潤いを養う:聖書、祈り、分ち合い、聖霊の指導に敏感になる、等。

e) 家庭生活。

 

5.2 子供のケアー。

a) 信仰教育。

b) 教育(一般的に)。

c) 危機と問題に対応する訓練。

d) 信仰生活に成長すること。

 

5.3 小教区共同体全体の将来に向かってのケアー。

a) 外国人と日本人の信者の出会いと対話の場を準備する。

b) 共通問題について話し合う機会を与える。

c) 小教区の委員会に招待し、委員に選ぶ。

d) 時々、両グループの文化の違いについて話し合う。

e) その他。

 

6. 日本の小教区の未来:可能性と挑戦。

6.1 総合的: 外国人の到来は日本の教会のために「二次的な形と習慣を乗り越えて福音の純粋な原点にさかのぼる」ュニークな機会になり得る。このような「ドラマチック」な機会はめったにない。

 

6.2 ビジョン: 境のない共同体になる。多様性の中では一致して、全ての人

が「アトホーム・At Home」を感じる広い開かれた小教区を実現していく。

 

6.3 使命・ミッション-1: 聖書に見られる「預言者的」使命を新たに養う。日本社会に神の国の姿を言葉と共同体の有様で伝える。

 

6.4 使命・ミッション-2: 滞日外国人の現状と面倒な状況をミッションに変える。それによって、福音と教会の「貧しい人を優先的に愛し奉仕する」呼び掛けに応えられる。

 

6.5 信仰生活: 上記のミッションを生かすために、御言葉を一緒に読んで聖霊に導かれる共同体になるチャレンジがある。

 

6.6 司牧計画: 将来は上記にあるような小教区になるために、現実的、段階的、有意義な計画と手段が必要である。

 

6.7 文化と信仰(Inculturation): 上記の過程において日本の文化の一番創造的で、人間的に深い遺産を生かしてまた、滞日外国人と分ち合う。

 

7. 外国人の特別グループ。(例: El Shaddai )

 

7.1 原則としてこれは新しい現象ではない。前にもそのようなグループがいた。クルシリョ、カリスマ運動、等。外国人のグループであるだけが新しい。

 

7.2 実際に、大きな助けである。日本の教会が彼らをまだ司牧的に世話出来ないこの時に、そのグループは組織と指導とプログラムと信仰を養う可能性がある。

 

7.3 彼らに伴う問題点は二次的で乗り越えることが出来る。その中のある問題は(1)全ての外国人のグループと同じである;他は(2)日本人のカリスマ運動と変わらない;又、他は(3)色んな様子の混同から来る(カリスマと文化の違いと移住している状況など)。(4)その上、教育、貧しさ、時間と空間のニーズ等から来る。

 

(2001/06/23)