潮見教会訪問説教―神のはしためエリザベット・マリア北原怜子さんの命日を迎えて―

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    年間第3主日 潮見教会

    [聖書朗読箇所]

    説教

    今日の福音はイエスの4人の弟子たちの召命について語ります。4人とはシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネです。4人とも12使徒に選ばれ、シモンはペトロと呼ばれて、12使徒の代表となり、ローマで殉教しています。それぞれ4人は聖人として崇敬されていること、皆さんがご存知の通りです。

    さて、1月23日は、この潮見教会(蟻の町のマリアの教会)のゆかりの人、「神のはしためエリザベット・マリア北原怜子」さんの57周年の命日でした。

    彼女はイエス・キリストの呼びかけを聞き、蟻の町に住み、蟻の町で貧しい人とともに生き、短い生涯を天の父へささげたのでした。

    彼女をキリストへ引き合わせた人は、有名な、聖コンベンツアル・フランシスコ会の修道士、ポーランド人のゼノさんというかたでした。北原さんの召命はゼノさんを通して受けたキリストのからの呼びかけでした。

    おりしも北原さんの命日であった1月23日、教皇庁の列聖省は北原さんについての重大な発表を行いました。それはおよそ以下のような内容です。

    「神のはしため・エリザベト・マリア北原怜子(信徒・1929-1958)の英雄的徳が認められた。」  その結果、北原さんは「尊者」の称号を得たことになり、列福への歩みにおいて一歩前進することになりました。

    そこでこの機会に「聖人」ということについて簡単に説明します。

    わたしたちの教会は基本的に「聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会」(ニケア・コンスタンチノープル信条)とされています。わたしたちは聖霊を受けた神の民であり、わたしたちは絶えず聖とされるべき神の民なのです。しかし現実には神の民の聖性は不完全にしか実現しておりません。 ところでその神の民の中で、特定の人がその人の死後、「聖人」として崇敬される、という習慣が生まれ定着しました。

    まず信仰を守って命をささげた方々が殉教者として尊敬され、そのお墓の上に教会が建てられ、殉教者を記念するミサがささげられ、その取り次ぎによって祈るようになり、その人が「聖人」とされました。

    ついで殉教しなくともその生涯が信者の模範となり、その徳が優れている人もまた聖人として尊敬し、『証聖者』と呼ぶようになりました。この習慣は民衆の間で起こり広がりましたが、やがて教皇が聖人を認定し「列聖する」ようになりました。

    ローマ教皇によって行われた最初の列聖式は、993年、時の教皇ヨハネ15世による、アウグスブルクの司教ウルリヒの列聖でした。その後、列聖は教皇のみの権限である、とされるようになりました。現在は教皇庁の列聖省だけが列聖を担当し、教皇の裁可によって列聖が決定されます。

    列聖省は優れた徳を実行した人を聖人に認定してほしい、という申請を受けつけます。その段階でまずその候補者は「神のしもべ(はしため)」と呼ばれます。

    ついでその人の殉教の事実、あるいは英雄的徳の実践が審査されます。殉教の事実が認められた殉教者の場合は福者に挙げられます。証聖者の場合は英雄的徳の実践が認められると「尊者」の初号を受けます。

    そしてさらに、その尊者の取り次ぎに帰せられる奇跡が証明されると「福者」と宣言されます。

    北原さんの場合は「福者」と認められる前の段階の「尊者」として認定されたわけです。

    北原さんの英雄的な徳の実行とは何でしょうか。それは『神のはしためエリザベト・マリア北原怜子の取り次ぎを求める祈り』の中から伺うことができます。

    「主よ、あなたは主のはしためエリザベット・マリア北原怜子に多くの惠をお与えになりました。とりわけ東京で戦争の犠牲になり、顧みられなかった貧しい人々に喜びをもって自らを与え、輝く証しのうちに信仰生活をおくる力を 与えてくださいました。

    また、けがれなきみ母マリアのご保護のもとに小さな人々の育成と援助に 愛をもって生涯を捧げる恵みをもお与えくださいました。」

    北原怜子さんは健康上の理由から修道者にはなりませんでしたが、若い独身のカトリックの女性信徒として、貞潔、従順、清貧の徳を英雄的に実行しました。28年の短い生涯のうちに貞潔を守り、貞潔の香りを漂わせながら、聖母マリアにならって神への従順を生き、貧しい人々、小さな人々への愛を実行しました。敗戦直後の貧しい東京で、廃品回収業の人々と清貧な生活をともにし、神への信頼と隣人への愛を貫いた生涯を送りました。

    性が乱れ、ものが溢れ、自分の殻に引きこもりがちな自己中心の人の多い今の時代です。彼女があの時代に、日本が高度経済成長に入る前のあの時代に、英雄的な徳を実行しながら、一カトリックの信徒として誠実に生きた、という事実にわたくしは深く感動します。

    今日は皆さんとご一緒に北原さんの取り次ぎを願う祈りをささげるために潮見教会に参りました。

    北原怜子さんがどのようにしてキリストに倣う生涯を送られたのか、を黙想しながら、わたしたちの生涯を、より貞潔、従順、清貧の精神にかなった生涯として神にささげることができますよう、北原さんの取り次ぎによって祈りましょう。