立川教会信徒会館・司祭館落成式 ミサ説教

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    2013年11月10日 立川教会にて

    [聖書朗読箇所]

    説教

    昨年10月11日に始まった「信仰年」はまもなく11月24日、「王であるキリスト」の祭日に終了します。わたしたちは特にこの一年、主イエスへの信仰を確かめ深めるよう、努めてきました。

    わたしたちの教会は主イエス・キリストという土台の上に建設されています。キリスト以外のものを基礎にして建てられた教会は単なるNGOの団体であり、教会とはいえません。

    イエスは言われました。「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。「天の父のみ心を行う者だけが天の国に入る。」

    厳しいお言葉です。わたしたちは日々主の祈りを唱え、自分自身がみ心を知りみ心を行う者となるよう祈っております。しかし、罪人であり、弱い人間であるわたしたちにとって、天の父のみ心を行うとはなんと難しいことでしょう。「わたしたちの罪をおゆるしください」という祈りが心からの祈りであります。

    イエスを岩として教会を建て、イエスにしたがって日々歩むということは、イエスへの信仰に生きるということであり、イエスを通して示された神の愛に信頼し、日々、罪と悪と戦って生きるということだと思います。

    主の祈りではさらに「わたしたちを悪からお救いください」と祈ります。この場合の悪はギリシャ語原文によれば、「悪霊」と訳することも可能であります。

    「信仰年」にあたり、わたしは不信仰との戦いということを思います。使徒パウロはエフェソの信徒への手紙で言っています。

    「わたしたちの戦いは血肉を相手にするものではなく、・・・悪の諸霊を相手にするものです。」(エフェソ6・12)

    敵は誰かの人間ではなく悪の力、悪の霊、悪霊です。悪霊がわたしたちの信仰の敵なのです。悪霊と戦うためには神の武具を身に着けなければなりません。

    「真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に信仰を盾として取りなさい。」(エフェソ6・14-16)

    悪霊の攻撃を防ぐ武器はまず信仰という盾です。神の言葉を学び、聖霊の助けを受けて絶えず根気よく祈り続けなければなりません。

    信仰年がまもなく終了しますが、信仰の戦いは生涯続きます。

    イエスは「信仰の指導者であり完成者」(ヘブライ12・2)であります。イエスの生涯は悪との戦い、悪霊との戦いでありました。敵を愛し、自分を十字架につける者のためにゆるしを願ったイエスは生涯悪に屈せず、悪に対して悪をもってせず悪に対して善をもって報いたのでした。

    「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛を持って互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。」(ロマ12・3-21参照)

    このパウロの言葉を深く心に刻みましょう。