世界病者の日ミサ説教

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    2013年2月11日 東京カテドラル聖マリア大聖堂にて

     

    第一朗読 創世記3・8-19

    第二朗読 ローマ5・12-15,17

    福音朗読 ルカ4・38-41

     

    今日はルルドの聖母の記念日です。1858年2月11日、スペインとの国境に近いフランスのルルドというところで聖母マリアが少女ベルナデッタにご出現になりました。教皇ヨハネ・パウロ二世は、1984年2月11日のルルドの聖母の記念日に、苦しみのキリスト教的意味を説く使徒的書簡『サルヴィフィチ・ドローリス』を発表し、さらに、1993年より、この日を「世界病者の日」と定めました。

    創世記によれば、神は最初の人間アダムとエバを創造し、彼らを、神の命と幸福へ与るよう招きました。しかし彼らは神の御心に逆らい、「園の中央の木」から取って食べてはいけない、と言う神の命令に背き、その結果、神と人の命の交わりに重大な混乱が生じました。その乱れはすべての人に及んでいます。

    この最初の人間の罪を「原罪」と呼びます。原罪の結果、人間は神との親しさを失い、知恵は乱れ、意思は弱くなり、人は人生のもろもろの苦悩と情欲の乱れに悩まされるようになり、さらに死が人間を支配するようになりました。

    「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです。」(ローマ5・12)

    原罪の結果、すべての人は罪の支配から免れなくなりました。同時に人間の世界には病気という悪が侵入してきました。病気は神の造られた世界の秩序の乱れであり、克服されるべき悪の支配です。

    イエスは神の国の到来を宣言し、同時に、病者を癒し、悪霊を追放し、体の不自由な人を癒しました。病者、障害者の癒しは神の国が来ていることのしるしでありました。

    しかし、地上でイエスの癒しを受けた人は人類の一部に過ぎません。イエスの癒しは罪の赦しとともに、全人類に及ぶべき神の恵みでなければなりません。

    「一人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおさら、神の恵みと義の賜物とを豊かに受けている人は、一人のイエス・キリストを通して生き、支配するようになるのです。」(ローマ5・17)

     

    わたしたちはこのイエス・キリストと連帯し、イエスとともにあがないと癒しの業に参加するよう招かれています。そのためにとくに、次の二つのことを実行することが大切であると思います。

    1)まずわたしたちは自分の病苦を主イエスの十字架とともに父である神にささげなければなりません。

    2)「よいサマリア人」に倣い、病苦、障害などで苦しむ人々のために愛の業を実行し、神の愛の証人となるよう努めるということです。

    ことしの教皇様の世界病者の日のメッセージ「第21回世界病者の日教皇メッセージ、2013年2月11日」 は、よいサマリア人のたとえを説明しながら、「行って、あなたも同じようにしなさい』(ルカ10・37)の言葉に従って生きるようわたしたちを促しています。いまからその抜粋を紹介します。

     

     

     


      

    親愛なる兄弟姉妹の皆様。

     

    (省略)

    わたしは、よいサマリア人という模範について思いめぐらすよう提案したいと思います(ルカ10・25-37参照)。聖ルカが語るこの福音のたとえ話は、日常的な場面や出来事による一連のたとえ話の一つです。

    それらのたとえ話を用いて、イエスは、あらゆる人間、とりわけ病や痛みで苦しんでいる人に対する神の深い愛をわたしたちが理解する手助けをしています。

    主はさらに、よいサマリア人のたとえ話の最後のことば「行って、あなたも同じようにしなさい」(ルカ10・37)によって、ご自分の弟子の一人ひとりが他者、とりわけ困窮する人に対してとるべき姿勢を示しています。

    祈りのうちに主と親しく交わることにより、わたしたちは、肉体的、精神的に傷つき、助けを求めている人に、よいサマリア人のように実際に心を配りながら日々を生きる力を、神の無限の愛からくみ取る必要があります。その人が知り合いかどうか、どれほど貧しいかは問題ではありません。

    このことは、司牧従事者や医療関係者だけでなく、あらゆる人に、病者自身にさえ当てはまります。彼らは、信仰の視点をもってその状態を生きることができるからです。

    「わたしたちは苦しみを避け、苦しみから逃れることによっていやされるのではありません。むしろわたしたちがいやされるのは、苦しみを受け入れ、苦しみを通して成長し、キリストと一致することに意味を見いだすことによってです。キリストは限りない愛をもって苦しまれたからです」(教皇ベネディクト十六世回勅『希望による救い』37)。

    (中略)

    わたしは、カトリック系の医療機関、市民社会、教区、キリスト教共同体、病者への司牧を行う修道会、医療従事者組織、ボランティアの皆様に、心からの感謝と励ましのことばを伝えたいと思います。

    (中略)

    わたしは、この第21回世界病者の日を、(中略)聖母の取り次ぎにゆだね、慰めと確かな希望を求めて苦しんでいる人につねに寄り添ってくださるよう願い求めます。

    いつくしみの使徒職にかかわるすべての人が、病気や苦難で苦しむ兄弟姉妹のよいサマリア人となれるよう助けてくださいますように。わたしは心を込めて皆様に使徒的祝福を送ります。

     

    バチカンにて
    2013年1月2日
    ベネディクト十六世

     

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