教区の歴史

教区の歴史

灰の水曜日説教

2012年02月22日

2012年2月22日 東京カテドラル関口教会にて

 

第一朗読 ヨエル2・12-18

第二朗読 二コリント5・20-6・2

福音朗読 マタイ6・1-6,16-18

 

今日から四旬節です。

今日の福音によれば、四旬節になすべき善行は、「施し」「祈り」「断食」であります。

この善行をするときに、偽善者のようであってはならない、とイエズス様は言われました。人からほめられようとして、人に見てもらおうとして、施し、祈り、断食をしてはならない、そうするならば「既に報いを受けている」ことになる、とイエズス様は言われました。

わたしたちは種々の良い行いをいたします。問題はその動機です。自分の名誉、評判、満足、見栄のためにすることがありはしないでしょうか?人間は自分の利益を求める、という傾きを持っています。人のためと言って実は自分のためである場合があります。そこに罪の本質があるのではないか、と思います。

「衣を裂くのではなくお前たちの心を裂け。」(ヨエル2・13)

これは、心からの痛悔をしなさい、という意味です。それは神から罪の赦しをいただき、神と和解するということに他なりません。

善行・善い行いとは、人への思いやりです。それは、「身体的、道徳的、霊的といったあらゆる観点で、他者に良いことを望むことを意味します。」(教皇の四旬節メッセージ『互いに愛と善行に励むように心がけましょう』)

どうしてそう出来ないのでしょうか?それは、人には「物的な豊かさと満足感への執着」があり、また「自分の利益と問題点を他のすべてのものより優先する傾向」が人にはあるからです。(前述の教皇メッセージより)

ですから、わたしたちは、心を裂いて心からの痛悔をする必要があるのです。

他者の善を望むことのなかには、「罪人を戒める責任」も含まれます。これはデリケートな善行です。賢明で勇気ある戒めが望まれます。

四旬節に当たり、まことの良い行いを実行できますよう、祈りましょう。