ペトロ白柳誠一枢機卿帰天一周年追悼ミサ説教

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    2010年12月12日 東京カテドラル聖マリア大聖堂にて

     

    聖書朗読 使徒パウロのコリントの教会への手紙(2コリント4・14-5・1)

    福音朗読 ヨハネによる福音(14・1-6)

     

    ペトロ白柳誠一枢機卿様が父なる神のみもとへ旅立たれたのは2009年12月30日でした。あれからほぼ1年たち、わたしたちは深い感慨をもって本日ここに集い、故人を追悼するミサをおささげいたします。

    使徒パウロが教えていますように、人間の地上の幕屋である肉体は滅びてしまいますが、天上には永遠の住処(すみか)が備えられています。「わたしは道であり、真理であり、命である」と宣言された主イエスは、わたしたちのために、父の家に住む場所を準備してくださいます。イエスは死に打ち勝って復活し、天の父のもとへ昇りました。そして、わたしたちが父の家へ帰ることができるよう、聖霊を送り、聖霊の働きを通して、すべての人を永遠の命へ導いてくださいます。

    わたしたちキリスト信者はそのように信じています。

     

    ペトロ白柳誠一枢機卿様は81年の生涯を神様におささげになりました。そのうち43年間は司教、枢機卿として神と人のための奉仕にささげられました。不肖わたくしは大司教として枢機卿様の後継者になっています。いまあらためてその担われた責任が如何(いか)に重く厳しいものであったかとしみじみ感じております。そのご苦労に深甚なる感謝をささげ、慈しみ深い神様がその労苦に対して豊かに報いてくださるよう、お祈りいたします。

    枢機卿様は1986年東京で開催された、アジア司教協議会連盟(FABC)第4回総会に際して、この東京カテドラル聖マリア大聖堂でのミサの説教の中で、アジア・太平洋地域の人々に対し、日本ならびに日本のカトリック教会の戦争責任を告白し、アジアの兄弟たちに赦しを求められました。

    枢機卿様の生涯の生涯を貫き、その中心となった大切な働きは、平和を実現するための働きでした。 枢機卿様は宗教の違いを超えてすべての人が平和のために働かなければならないといつもお話しになり、熱心に宗教者による平和運動に協力され推進されました。

     

    また2008年11月24日、ペトロ岐部と187殉教者の列福式を主司式され、感動的な説教を残してくださいました。2年たった今、読み返して見ますと、わたしたち現代の日本の社会の在り方に対して実に的確で鋭い問いかけと示唆を残しておられます。

    殉教者は現代の家庭と家族の在り方に対して、それでよいのかと呼びかけていると枢機卿様は言われました。当時、およそ400年前になりますが、家族の絆は非常に強く、信者の家庭の場合は、家族が同じ信仰・希望・愛によって強く結ばれておりました。

    当時の家庭と比べて現代の日本の家庭はどんな状況にあるでしょうか?家族の結びはどうなっているでしょうか?家庭は崩壊の危機に瀕し、家族の絆は極めて弱くなっています。一人孤独に死を迎える人が急増しています。最近「無縁死」という衝撃的な言葉を知りました。一人で孤独のうちに亡くなり、引き取り手がない死を「無縁死」と言うそうです。実に恐ろしい現実です。キリシタンの時代は多くの信者が信仰を守って処刑されました。現代は信仰の自由が保障されております。しかし、このような孤独の死が増えているだけでなく、孤独のまま死に追いつめられて自死する人も多いのです。わたしたちはこの現実をしっかりと見つめなければならないと思います。

    枢機卿様は説教の結びでこういわれました。

    「信仰の自由を否定され、殺された殉教者は叫んでいます。・・・すべての人が大切にされ、尊敬され、人間らしく生きられる世界となるように祈り、活動することを求めています。」

    この呼びかけに応えることがわたしたち宗教者の共通の務めであり、枢機卿様がわたしたちに残された遺言であると思います。今日ここに集ったわたしたちは、この遺言に応えるために力を合わせなければならないと存じます。

    聖霊の助けを祈りましょう。