王であるキリスト-渋谷教会献堂50周年記念ミサ-説教

    image_pdfimage_print

    2010年11月21日 渋谷教会にて

     

    渋谷教会の皆さん、献堂50周年、おめでとうございます。

    渋谷教会はドミニコ会の教会です。教区はドミニコ会と契約して渋谷教会での宣教司牧を担当して頂いています。

    ドミニコ会の正式名称は『説教者会』で、略称はラテン語の名称からとった、O.Pが使われています。

    1216年、聖ドミニコによって創立されました。「観想し、その実りを他に伝える」ことをその使命としている、とのことです。ドミニコ会は学者の会、と言う印象を持っています。トマス・アクイナスをはじめ、優れた神学者を輩出しています。

    神学とは神様の学問です。「神とは何か」を解明する学問です。神への信仰をことばで説明する学問です。

    わたしたち人間には、「神とは何か」という問いに完全に答えることはできません。しかし神様はご自分のことをわたしたち人間にお示しになりました。すなわち神からの啓示です。啓示された内容から神を理解しようとする試みが神学です。

    神はまず旧約聖書で、アブラハム、イサクの神として自らを示されました。神はモーセを通してイスラエルのために戒め(その代表が十戒)を授けました。しかしイスラエルの民は、この戒めを守ることができませんでした。それどころか、神への背信、裏切りを繰り返します。そこで神は民に対して激しく怒り、民を罰し滅ぼそうとします。しかし他方、民の罪を赦し、癒し、救う神として自らを現す場面が出てきます。ホセア11章には次の言葉が見られます。

    ああ、エフライムよ

    お前を見捨てることができようか。

    イスラエルよ

    お前を引き渡すことができようか。(11・8)

    わたしは激しく心を動かされ

    憐れみに胸を焼かれる。

    わたしは、もはや怒りに燃えることなく

    エフライムを再び滅ぼすことはしない。

    わたしは神であり、人間ではない。

    お前たちのうちにあって聖なる者。

    怒りをもって臨みはしない。(11・8-9)

    まるで神様が自問自答しているようであり、神様自身が苦しみ、痛みをおぼえているような表現であります。神様は民の罪を赦そうとして悩んでおられるかのようです。

    この箇所は教皇ベネディクト16世の最初の回勅『神は愛』に引用されています。教皇は言います。

    「自分の民 ―人類― に対する神の情熱的な愛は、同時にゆるす愛です。この愛はあまりに大きいために、神は自らに逆らい、神の愛は神の義に逆らいます。キリスト信者はここにすでに十字架の神秘をぼんやりとしたかたちで前もって示されているのを見出すことができます。神の人間に対する愛があまりに大きいために、神は人間となり、死に至るまで人間に従う者となりました。こうして神は正義と愛を和解させたのです。」(『神は愛』10)

    神は民に神の掟に従うことを求めます。神の義は人間に正しさを求めます。他方神は人を慈しみ救おうとされます。同じ神のなかにあたかも葛藤があるかのように述べられています。

    赦しには痛みがともないます。神の痛みは御子イエスの十字架上の御血によって示されました。

    昨年の秋10月11日、カテドラルでささげられた、子どものミサのテーマは「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」でした。そして朗読箇所は、ルカによる福音23章34節から47節でした。本日の福音はこの中に全部含まれています。34節のイエスの言葉は、

    「父よ、この人たちをお赦(ゆる)しください。自分が何をしているのかを知らないのです。」

    イエスは自分を迫害し、十字架に付けた者のために父である神に祈り、赦しを願われたのです。イエスは言われました。

    「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5・44)

    そしてその言葉を、身を持って実行しました。神は赦す神です。神の愛は赦す愛です。

    イエスは自分の力を、自分のためには使いませんでした。自分で自分を救うために自分の力を使いませんでした。自分を迫害する者に反撃し、撃退し、絶滅するためには自分の力を用いませんでした。

    聖パウロも教えています。

    「誰に対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行なうように心がけなさい」(ローマ12・17)

    「イエスは十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ万物をただ御子によって、ご自分と和解させられました。」(コロサイ1・20)

    わたしたちの使命はこの「和解」の恵みに与ること、そして和解の恵みを多くの人に告げ知らせることです。

    そのためにわたしは、東京教区で3つに優先課題を掲げています。

    1. 信者の生涯養成

    2. 多国籍教会としての成長

    3. 心の問題

    多くの人が心の問題に苦しみ悩み、年間3万人もの人が自死を遂げています。教会としてこのような日本社会の現状によい便り、福音をどのように届け、福音のあかしをどのように現わし伝えることができるでしょうか?

    ストレスの多い時代と環境のなかで、神の赦しの愛をどのように説き伝えることができるでしょうか?

    わたしはまず孤立し孤独な状態に置かれている人々が互いにつながりを見つけ、さらに信仰の分かちをすることが必要で大切であると考えます。

    渋谷教会の皆さんにお願いします。この東京教区の使命と課題をご理解ください。そして渋谷教会が大都会の中のオアシスとして多くの人々のやすらぎと救いとなるよう、皆さんの力を合わせてくださるよう、お願いいたします。