ペトロの家と小聖堂の祝福式説教

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    2010年10月2日 ペトロの家にて

     

    第1朗読 使徒パウロのエフェソの教会への手紙2章19節―22節

    福音朗読 マタイによる福音8章14節―17節

     

    この新しい司祭の家の名前は「ペトロの家」です。今呼んだ福音の中に、まさしく「ペトロの家」が出てきます。イエスはペトロに家に行って熱を出しているペトロの姑を癒されました。

    このペトロも家もイエスによる癒しとやすらぎに家になるよう願って今日の祝福式を行ないます。

    わたしたちの救い主イエスはどんな人だったのでしょうか?何をなさった人でしょうか?わたしたちは日々イエスに学びイエスをのべつ伝えイエスに祈っています。

    福音書を読むと、実にイエスは癒しの人でした。彼は病人や障がいを持つ人を癒し、悪霊を追い出しています。

    日本には多くの宗教があります。多くの宗教は民衆の日々の問題、悩みに応えることを主たる任務にしている、ということを聞いたことがあります。人々の問題は「貧・病・争」という言葉にまとめられます。この点で、キリスト教は違うでしょうか?イエス・キリストの公生活(宣教活動)を見る限り、イエスの主たる活動が癒し、ということであった、といえると思います。

    しかし大きく違う点もあります。それは十字架ということです。イザヤの預言に、「彼はわたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った」とあるとおりです。癒す人イエス自身は、最後は十字架におかかりになりました。それは。人類の救い、贖いのため、またすべての被造物と世界の贖(あがな)いと解放、新しくするためであるとわたしたちは信じています。

    学生時代のことですが、ある友人が「新しい天と新しい地」という言葉を口にしました。黙示録21章などに出てくることばです。最近その言葉がしきりに心に浮かんできます。

    わたしたちの現実は厳しい。でも教会は新しい天と新しい地の到来のしるしであります。使徒と預言者を土台にし、キリスト・イエスをそのかなめ石として建てられた、このペトロの家は、新しい天と新しい地を指し示すしるしであります。

    この家での祈りと生活がそのしるしとして周りの人々に伝われるよう、願ってやみません。復活のイエスがそこにおられる、というしるしとして灯火のように周りを照らしてくれるよう願ってやみません。