梅田教会堅信式説教

    image_pdfimage_print

    2010年9月26日 年間第26主日 梅田教会にて

     

    今日の福音は、ある金持ちと貧しいラザロという人の話であります。

    この金持ちの家の門の傍に、ラザロという貧しい人がおりました。ふたりとも亡くなりました。ラザロの方は、アブラハムのすぐ傍に置かれましたが、金持ちの方は、陰府(よみ)に落とされて、火で焼かれる苦しい状態に置かれました。ふたりの間には大きな淵があって、お互いに行き来することができない状態でした。そういうお話でございました。金持ちは、生きていたとき、このラザロという人の存在にほとんど何も関心を払わなかったようです。贅沢に遊び暮らしていて、すぐ傍にいる、苦しんでいる貧しい人のことに気付こうとはしませんでした。

    この話を読んで、わたくしはマザー・テレサの話を思い出しました。

    先日、8月26日、カテドラルでマザー・テレサ生誕100周年記念のミサをささげ、また9月4日、この近くの西新井の修道院でも、福者、コルコタのテレサを記念するミサをささげました。そのときの、マザー・テレサの言葉を皆さまにご紹介したと思います。 

    誰からも必要とされないこと、誰からも愛されない、誰からも注意されない、誰にも覚えてもらえない、そういう人生はほんとうに惨めな人生です。それは、何も食べることがない貧しさよりも、もっとひどい貧しさではないでしょうか。人から必要とされないということほど人間にとって辛いことはない。

    そういうことをマザー・テレサがおっしゃいました。

    わたくしも自分の人生を振り返ってみて、ほんとうに自分の周りの人に注意を払い、そして、その人たちのためにできることをしてきただろうか、と思います。わたくしは司祭になりましたが、司祭になったために、わたくしの両親、兄弟、姉妹たちはいろいろな難しい問題にぶつかりました。もっと良くしてあげることができたのではないか、と今頃になって悔やまれます。たとえ司祭になっても、いや、司祭だからこそできたことがたくさんあったのに、わたくしは、自分が司祭であるから、司祭の仕事が忙しいから、ということを自分の言い訳にしていたのではないか、という気がします。

    人間は、自分の傍にいる人、あるいは近い人のことを分かっていないことが多いのかもしれません。自分のことを分かってほしいと思うけれども、そういう自分が人のことを分かっていなかった、そう思うわけでございます。

     

    きょうは、「世界難民移住移動者の日」となっております。日本のカトリックの難民移住移動者の委員長は松浦悟郎司教さまですが、メッセージが来ておりますので、その内容を一部ご紹介したいと思います。

    わたしたちは、苦しんでいる人、困っている人のために何をすることができるのかを考える上で大変参考になるメッセージだと思います。

     

    「第96回 世界難民移住移動者の日」委員長メッセージ すべての子どもの幸せのために

    今年は「すべての子どもの幸せのために」というテーマで、「世界難民移住移動者の日」に祈っていただき、それぞれの地域や教会で子どもたちの幸せのために取り組みを一層強めるきっかけにしていただきたいと願っています。

    日本も批准している「子どもの権利条約」は次の四つの柱があります。1)生きる権利、2)差別、虐待、搾取などから守られる権利、3)教育を受ける権利、4)参加する権利。

    (中略)

    これらの権利は一人残らず、すべての子どもが持っている権利です。今年のテーマも幸せに生きる権利がすべての子どもにあることを強調するために「すべての子どもの幸せのために」という言葉を入れました。一人も除外されることなく、幸せになる権利が保障される社会、教会を実現するように祈っていただきたいと思います。そして、子どもの権利条約についても学んでいただきたいと思います。 「わたくしの名のためにこのような一人の子どもを受け入れる者は、わたくしを受け入れるのである」(マタイ18:5)

    2010.9.26 

    「日本カトリック難民移住移動者」委員会 委員長 松浦 悟郎

     

     

     

    わたしたちにはできることとできないことがあります。いろいろなことは、自分にはどうにもならない。世界中いろいろな問題があります。この社会にはいろいろな問題があります。

    こういうことがあってはならない、でも、今すぐにそれをなくすことができない。少しでも良くしたい。どうにもならないことは、取り敢えず、受け止めて、そして自分にできることを見つけて、それをまず実行したいと思います。何ができることで、何ができないことでしょうか。わたしにとっても、教会にとっても、まずできることがある。それは、このわたしが、わたしたちが決心すれば実行することができます。その、実行することができるよう、聖霊の導きを願いたいと思います。

    きょう、堅信を受けられる皆さんは聖霊の七つの賜物というのを受けることになります。それは、儀式書では、知恵と理解、判断と勇気、神を知る恵み、神を愛し敬う心、となっています。この七つの賜物の中に知恵と勇気が含まれています。何を行うことができるかを知るための知恵、そしてそれを実行するための勇気を、どうかお与えください、と祈りましょう。