アレルヤ会総会ミサ説教

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    2010年4月15日 ケルンホールにて

     

    聖書朗読 使徒言行録5・34-42

    福音朗読 ヨハネによる福音6・1-15

     

    今、読みましたヨハネ福音書6章は、わたしの司教の紋章の由来となっている5つのパンと2匹の魚の話です。多くの人がイエス様のところに集まってきました。男の人たちだけで5,000人とあります。5,000人の人が5つのパンと2匹の魚を充分に食べて、それでもパンの屑がたくさん残った、という奇跡の話です。

    わたしたちの国、日本では、カトリック信者は非常に少数者であります。100人に1人もいません。カトリック以外のキリスト教会の信者を合わせても、キリスト教信者はやっと人口の1%になるかどうか、というくらいです。イエス様を宣べ伝えるのは大変難しいことです。でも、この5つのパンと2匹の魚の話を読むと励まされ慰められます。わずかしかない食べ物をお互いに分かち合うことをとおして、多くの人に伝えられました。同じように、わたしたち日本の教会も小さな群れに過ぎませんが、神様の恵みを他の人と分かち合うことにより神の恵みを多くの人に伝えることができると思います。

    この福音を読むと先日行われた復活徹夜祭の光の祭儀を思い出します。最初に復活のろうそくに火がともされます。そしてその火が会衆のもっているろうそくに移されて会衆全員に復活の光が伝えられていきます。復活徹夜祭の光の祭儀は今日の福音と同じ趣旨を伝えます。神の恵みは分かち合うことにより伝えられ広がっていくのです。

    復活徹夜祭は一年の中で一番豊かな典礼です。

    ことばの典礼では創世記の1章が読まれます。1章の最初のことばは「初めに、神は天地を創造された」です。2節では「地は混沌であり、闇が深淵の面にあり」とあります。最初の世界はすべてが混沌としており暗闇だけしかありません。何が何なのか整理がついていない。神様が順々に整理してゆき、世界に秩序が出来てきます。神は6日間にわたって、すべての創造のわざを行われました。そして6日目にご自分のつくられた世界を御覧になり「見よ、それは極めてよかった」(31節)と述べられています。神の造られた世界は本来非常によかったのです。

    しかし世界の現実はそうとはいえません。悪がはびこっています。創世記3章は悪の起源を説明します。わたしたちの最初の人間アダムとエバは神様に背いたためにこの世界に罪と悪が侵入してきました。神は御子イエス・キリストをこの世界に派遣して罪を贖い、悪を滅ぼして、この世界を新しく造りなおされます。

    聖書の最後の書はヨハネの黙示録ですが、そのなかに「わたしは新しい天と新しい地を見た」(21・1)とあります。「新しい天と新しい地」とは神様が完成された宇宙のことです。

    このように考えてみれば、「初めに、神は天地を創造された」と過去形になっていますが、実はそれで神の創造の業が終わったわけではないのです。神は今もいつでも創造していると、というべきです。神が最初に天地を造ってそれで創造が終わったわけではないのです。

    しかしさらに考えて見れば、神には時間の最初と最後の区別はあるのでしょうか。黙示録では「わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである」(黙示録21・6)とあります。人間には時間の最初と最後の区別がありますが神にとって初めは終わりでもあります。

    人間から見れば、神はこの世界を日々創造しておられます。神は世の終わりに創造の業を完成されます。しかし初めであり終わりである神にとっては、創造はすでに完成している働きであるといえるのでしょう。

    創造の業の中で神様がなさったもっとも大切なことはイエス・キリストによるあがないです。神はキリストによってわたしたち人間を新しくし、この世界を新しくしてくださいます。

    現実に世界には罪と悪があります。人間を罪と悪から解放することが神様の創造の働きに他なりません。

    創造は小さなことから始まります。真っ暗な世界に小さな光がともり、その光が広がっていきます。復活徹夜祭の光の祭儀はまさにこの、暗闇を追放する神の創造の働きを表しています。

    今の世界にどのくらい復活の光が広がっているでしょうか。どこまで復活の光が届いているでしょうか。

    4月19日はわたしたち教皇様ベネディクト16世が就任なさってちょうど5周年です。教皇様は就任のミサの説教で、現代の荒れ野、現代の暗闇について話されました。18日の日曜日は教皇大使アルベルト・ボッターリ・デ・カステッロ大司教によって、ここカテドラルで教皇就任5周年記念のミサがささげられます。

    わたしたち教会が、現代の暗闇に復活の光を届けることができますよう、ご一緒に祈りましょう。