立川教会堅信式説教

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    2010年2月28日 立川教会にて

     

     

    四旬節第2主日を迎えました。今日の福音はイエス様のご変容です。

    イエス様は、ペトロ、ヨハネ、ヤコブを連れて、祈るために山に登りました。祈っておられるうちにお顔の様子が変わり、服は真っ白になり、お姿が栄光に輝く姿に変わりました。最初の受難の予告の直後のことです。

    このご変容はイエス様が受難と十字架の後でお受けになる復活の栄光をあらかじめ指し示す出来事でした。イエス様はこのようにして、キリストに従う弟子たちの信仰を堅くしようと望まれ、また彼らの復活への希望を強くしようとされたのでした。

    今日の集会祈願でわたしたちは祈りました。

    「十字架の道を歩まれたキリストに従うことができるよう、わたしたちの希望と勇気を強めてください。」

    この祈りは復活祭を迎える準備をしているわたしたちの祈りであります。わたしたちはまず、自分たちの復活の信仰を強くしてください、と祈らなければなりません。わたしたちはこの信仰により神の救いにあずかるのです。

    使徒パウロがもっとも強調している教えは何か、といえば、それは、「人は信仰によって義とされる」ということではないか、とわたくしは思います。パウロはこの信仰の根拠を説明するために、創世記のアブラハムの信仰に言及し、「アブラハムは信仰によって義とされた」と強調しています。その引用箇所がまさに今日の朗読箇所に出てきます。(ローマ4・3)アブラハムの改名前の名前はアブラムでした。

    「アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」(創世記15・6)

    アブラムは行いによって正しい人と認められたのではありません。アブラムが主を信じたので、信仰によって義とされたのです。パウロはローマの教会への手紙でこの点を強調しています。そして、アブラハムだけでなく、わたしたちも、律法を行うことによってではなく、イエス・キリストを信じる信仰によって義とされ、救いにあずかる、と繰り返し述べています。

    行いがなければ救われない、となるとほとんどの人は絶望的、と思うかもしれません。では、「信じさえすればいい」というなら、それは簡単なことでしょうか。そうともいえないように思います。信じるということは決して易しいことではありません。信仰とはちょうど暗闇のなかに光を見出すようなことだと思います。アブラムが主と契約を結んだとき、彼は「深い眠りに襲われ」「恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだ」(創世記15・12)と、今日の朗読にありますが、これはどのような体験だったのでしょうか。

    今日の福音でも「ペトロと仲間たちは、ひどく眠かった」とあります。深夜の暗黒のなかで起こった出来事だったのでしょう。

    神との出会い、復活のキリストとの出会いは、深い眠り、そして暗闇となにか関係があるようです。人は暗夜の中で神に出会うことを今日の聖書が教えていると思います。

    今日の第二朗読は「使徒パウロのフィリピの教会への手紙」ですが、このなかでパウロは次のように言っています。

    「キリストは、万物を支配下に置くことのできる力によって、わたしたちの卑しい体を、ご自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。」(フィリピ3・21)

    「卑しい体」とありますが、実際、わたしたちの肉体は病み疲れ朽ちてしまいます。しかし、わたしたちは復活されたキリストによって、栄光のキリストと同じ姿に変えて頂けるのです。

    実は、いまわたくしが大変心配していることがあります。それは司祭の健康の問題です。司祭評議会では、司祭の健康、心と体の健康のことを話し合っています。年を召された神父様方がおられます。また病気の司祭も多いです。本部の司祭は病気の司祭のお世話に奔走しています。

    司祭が過労から病気になることがないよう、いつも健康を保つようにするためにはまず休暇、休養ということが大切です。司祭が安心してきちんと定期的にお休みが取れるようにしたい。そのためにどうしたらよいのか、司教、司祭は一緒に相談しております。このことにつきましても皆さんのご理解、ご協力をお願いいたします。

    いま日本の社会は非常に厳しい状況です。生きるのが難しい時代ではないでしょうか。教会にも、司祭の高齢化、召命の減少などの問題があります。しかし希望をもって歩んで行きたい。今の教会のなかに、きょうのご変容の出来事のような、人々への希望のしるしとなることが色々、見出せます。それはあたかも、暗闇の中の光、夜空に輝く星のようなもの、荒れ野のオアシスのようなものです。

    きょう堅信を受けられる皆さん、どうか復活への信仰を新たにし、復活への希望のしるしとなってしっかり歩んでください。