豊島教会訪問 四旬節第1主日ミサ説教

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    2009年3月1日 四旬節第一主日

     

    豊島教会の皆さん、

    「東京カテドラルと教区のための祈り」をご存知ですか?この祈りの中に、「どうかわたしたち東京教区に、現代の荒れ野において悩み苦しむ多くの人々のいやし、慰め、励まし、希望となって歩む恵みをお与えください」という言葉があります。「荒れ野」という言葉はベネディクト16世の就任式のミサの説教の中でたびたび使われた言葉です。まさにわたしたち東京教区は荒れ野に置かれていると実感しています。わたくしはだからこそ、教会は荒れ野における泉・オアシスでありたいと切に願っています。そしてわたくしはこの課題を、教区の三つの優先課題の実践として展開することを考えてきました。 

    東京教区の優先課題は

     (1) 教会の福音的使命に携わるすべての信者の霊的成長

     (2) 多国籍教会としての東京教区の成長と互いのサポート

     (3) 心の問題を持った人々とわたしたちの助け合い

    であります。2002年以来この優先課題という旗を掲げています。今日はなお皆さんに、各宣教協力体、聖堂共同体、修道院、諸団体・グループなどでそれぞれ、優先課題を取り上げ、真剣に検討していただくようお願いする次第です。 

    まず、「教会の福音的使命に携わるすべての信者の霊的成長」についてです。 最近いろいろな方法で「聖書の分かち合い」が普及しております。これは信者の霊的成長に有益であります。より多くの方が参加なさるようお奨めします。また2009年6月29日の聖パウロの祝日までの1年は「パウロ年」であります。この機会にパウロの教えを学ぶことも多いに奨められます。

    この課題の中で本年特に大切にしたいとわたくしが考えていることは「司祭と信徒の役割、協力の関係」です。2003年の宣教協力体の発足のときに、わたくしは「カトリック東京教区宣教協力体のための指針」を発表しました。あれから6年、今一度この指針を読んで、司祭と信徒のよりよい関係を築く努力をしていただきたいとお願いします。 

    次に「多国籍教会としての東京教区の成長と互いのサポート」です。 豊島教会が率先してこの課題を実行していることに感謝します。

    東京教区は困難な状況に置かれた外国からの移住者、避難民、滞在者を支援するために「カトリック東京国際センター」(CTIC)において相談・支援・司牧活動を行ってきました。来年、2010年にCTIC創立20周年を迎えます。この課題はCTICだけが担う課題ではありません。すべての共同体が行うべき課題です。これからはCTICと小教区(聖堂共同体)のつながりをより強いものにしたいと思います。 

    そして、「心の問題を持った人々とわたしたちの助け合い」ということです。 心の問題、心の傷を持つ人を支え、助け、癒す、あるいは助け合い、支え合うということは本来教会が二千年ずっと行ってきたことでした。主イエスは実に癒しの人でありました。今この課題を特に優先課題として取り上げるのは「時のしるし」が見えるからです。多くの人が過重なストレスに苦しみ、心に傷をもち、迷い、悩んでいます。教会こそ荒れ野の泉・オアシスにならなければなりません。人は癒しと支えが必要です。神との語らいである祈り、典礼、そして隣人との誠実で思いやりのある心のふれあいなどできることはいろいろ考えられます。日常の小さなことを積み上げていきたいと思います。

    なお、東京教区には財団法人「東京カリタスの家」があり、家族福祉相談室を設けて、この課題に取り組んできました。この働きは東京教区の優先課題「心の問題」へ応答することでもあると思います。わたくしはこの働きがさらに充実し発展することを願い期待しております。 

    今日の福音は実に簡潔です。マタイ、ルカの並行箇所では、イエスが三つの誘惑を受けてそれらをことごとく退けられたと告げています。マルコは単純に「それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。」と伝えています。

    野獣と天使、興味深い記述です。荒れ野は野獣の住む危険なところです。東京という荒れ野は危険なところです。人を傷つけ、人から奪い、人をだます悪の力が充満しています。わたしたち教会はその荒れ野に置かれ、日々悪霊の誘惑にさらされています。

    イエスには「天使が仕えた」とあります。イエスは天使の助けを受け誘惑に打ち勝ちました。わたしたちも天使に助けられて誘惑に打ち勝たなければなりません。さりげない励ましの言葉、優しい笑顔、親切な行い、思いやりと同情、そして祈りなど。そのような日々の善意がどんなにかわたしたちを助けてくれているでしょうか。わたしたちを孤独から救い、一つの神の民、人類としてつないでくれていることでしょうか。

    大都会のオアシスであろうとする教会は、天使に導かれて、日々互いに支え合い励まし合わなければなりません。さらに具体的に何ができるか、この四旬節にあたり一緒に考え黙想してみたいと思います。(カリタスジャパンの小冊子『つなぐ』を活用してください)