三河島教会献堂75周年記念ミサ

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    2008年10月12日 12時 年間第28主日

     

     

    1623年、三代将軍に就任した徳川家光は10月13日、江戸の札の辻というところで50人のキリシタンを火あぶりの刑に処しました。この50人の中にヨハネ原主水がいました。36歳でした。

    原主水は1587年、今の佐倉市(千葉県)にある臼井城で生まれ、1600年大阪でモレホン神父から洗礼を受けました。将軍徳川家康の「走り衆の頭」(将軍警護役の隊長)となり得意満面、出世のエリート・コースを歩んでいました。しかし、1615年逮捕され、両手の指を切り落とされ、額に焼印を押され、腿の筋を切られて追放され、すべてを失いました。多分そのときから彼の信仰の証しが始まりました。その後、彼はハンセン氏病者とともに生き、江戸の教会の中心人物となりました。1623年12月4日、江戸の札の辻で他の49人と殉教、神の愛の証人となりました。処刑のときに群集に向かって叫んだ原主水の言葉が残っています。

    「私が極端な責め苦にも耐えてきたのは唯一救済に導いてくれるキリシタン宗の真理を証拠だてんがためである。私の指は全部切り取られ足の腱も切られ而(しか)も初めから私の行きつく所を知った。私のこの切られた手足が何よりの証拠である。私は私の贖い主であり、また救い主であらせられるイエズス・キリスト様の御為に苦しみを受けていま命を捨てるのである。イエス・キリスト様は私には永遠の報酬に在すであろう。」 

    さて本日の福音です。イエスは婚宴のたとえで神の国を説明します。婚宴は神の国の完成を示しています。人は誰でもこの神の国の喜びの宴へ招かれています。招かれても日々の生活に追われ、招待の意味を深く考えず、その重大な意味を知ろうともせず、招きに応じようとしない人がほとんどです。

    他方、ともかく一応、応じている人もいます。それは家来が通りに行って呼び集めてきた人々で、善人であろうと悪人であろうとかまいませんでした。招待客はここで自分たちを招いた王に会います。そのときに礼服を着ていない人がいました。なぜ礼服を着ていないのかと問われて、返事ができないと、「外の闇に放り出せ」と言われてしまいます。 

    わかりにくい話です。ただ町の大通りを歩いていた人たちですから、礼服を着ていないのは当然でしょう。礼服の話は婚宴の話とは別な話で、両者が混線している、という解釈もあるようです。

      人は誰でも神に呼ばれています。そして誰でも決定的に神に出会うときを迎えます。そのときがいつであるのか、わかりません。しかし、生涯のどこかで、多分最後の時、臨終の時かもしれません。そのとき神に何と答えるのかが問題です。 

    原主水は数奇な生涯を送りました。そして1623年12月4日、決定的な時を迎えたのです。原主水は人々の前にイエスへの信仰と希望を告白して処刑されました。国家権力、徳川政権という圧倒的支配よりも神の支配を選択し告白したのです。殉教とはそういうことでした。

    400年たって現在の殉教とは何でしょうか?それが今の21世紀の教会のわたしたちに問われています。

    現在わたしたちは信仰を禁じるという、明白な迫害を受けているわけではありません。しかし、目に見えない大きな強い力によって圧迫され、束縛されているような気がします。400年前とは別な大きな問題・課題があるように思います。

    いま日本の国内で戦争はありませんが、家庭内暴力、自殺、性的虐待などの暴力が横行しています。400年前より暴力的な時代かもしれません。また働いても人間らしい生活を送ることが極めて困難な状況に置かれています。 

    人間の存在が薄くされている時代です。人間の尊厳、一人ひとりの存在の重さ、掛け替えのなさこそ、わたしたちが神の前に証しすべき大切な課題ではないでしょうか。

    この思いを込めて東京教区では三つの優先課題を掲げています。それは、

    1)信徒の養成、2)外国籍信徒の司牧と生活のサポート、3)心のケア

    です。

    列福される殉教者の取次ぎを願いながら、わたしたち東京教区の神の民がこの課題によりよく応えることができますよう、聖霊の導きを願って祈りましょう。