聖霊降臨の主日 教区合同堅信式説教

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    2008年5月11日 東京カテドラル聖マリア大聖堂にて

     

     

    「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」

    いま読まれましたヨハネの福音の主イエスのことばです。復活したイエスは弟子たちに現れ、彼らを赦し励まし、宣教へ向けて派遣しました。その際、彼らに息を吹きかけて言われました。

    「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」 

    教会とは聖霊降臨によって誕生した人々の共同体であります。復活したキリストから聖霊を受け、イエス・キリストの復活の証人として全世界に派遣されました。ご存じのように日本には1549年、聖フランシスコ・ザビエルにより初めて福音が伝えられました。日本の宣教は当初は順調に進展しましたがやがて禁教令がしかれ迫害が始まり、多くの人が殉教しました。実に日本の教会は殉教者の教会であります。氏名、場所、日時の分かっている殉教者だけでも5,500人にのぼると言われています。殉教という言葉は元来、「証言」「証し」という意味であり、殉教者とは証人を指していました。後に、命を捧げて信仰を証しした人を殉教者と呼ぶようになりました。 

    1597年、長崎で26人が殉教しました。この26人は後に1862年、教皇ピオ9世によって列聖されています(日本26聖人)。ピオ9世は1867年にも日本の205人の殉教者を列福しています。(日本205福者)。この列聖と列福はまだ禁教時代のことであり、教皇庁が日本の教会の宣教へ向けて励ましとなるよう配慮した結果であると考えられます。 

    さて、2008年11月24日、長崎でペトロ岐部と187殉教者の列福式が行われます。この188人は全員日本人であり、1603年から1639年にかけて、日本各地で、現在の教区で言えば、新潟、東京、京都、大阪、広島、福岡、長崎、大分、鹿児島で殉教しました。188人の中で4人が司祭であり、修道者が1人、あとの方は信徒です。女性は60人、20歳以下の子どもが33人、そのうち5歳以下の幼児が18人もいました。体に障害のある人も二人。立場、職業、身分もさまざまで、伝道士、教会の世話役を勤めていた信徒も含まれています。

    188人の列福式が日本で行われる2008年に堅信を受けられる皆さん、是非、この188人の殉教者の生涯と信仰を学び、現代における信仰の証人となってください。17世紀の日本の教会において立派な信仰の証しがなされ、熱心な信徒の世話役が存在し、司祭不在でも信徒同士、固く手を携えて、共に祈り、教え学び、愛の業に励んでいたという記録が残っています。 

    11月24日の列福式の前の7週間を司教団は「殉教者を想い、ともに祈る月間」に定め、10月5日には全国一斉に「祈念ミサ」を捧げ、毎週一回任意の日に小教区・修道院・学校・家庭などで祈りの集いを行い、殉教者の生き方と信仰に学ぶよう勧めています。そしてこの7週間を祈りと黙想、学びのための特別な期間として過ごすための助けとなる冊子を列聖列福特別委員会(委員長 溝部脩司教)が準備中であります。そこでわたくしもこの7週間、教会などを訪問し、皆さんと共に学び祈りたいと考えております。 

    わたしたち東京教区での殉教者は二人、ペトロ・カスイ岐部とヨハネ原主水です。この二人の殉教者に因んだ行事、ミサ、集会、講演なども実現したいと考えております。かつて韓国の金枢機卿様が言われました。「韓国の教会が盛んになったのは聖霊が吹いてきたからです。いつか日本でも聖霊の息吹が与えられるでしょう。」 

    「2008年の日本と東京教区に新しい聖霊降臨をお与えください。多くの殉教者をいただく日本の教会にあなたの息吹を豊かに注いでください。現代の荒れ野に苦しむ多く人々へあなたの光、力、恵みをお与えください」

    と心から祈ります。この祈りを殉教者の取次ぎによってお捧げします。

    アーメン。