復活の主日説教

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    2008年3月23日 喜多見教会にて

     

    「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。...」

    まことに感動的な今日の福音の導入です。安息日が明けるのを待ちかねるかのように、まだ暗いうちに、墓に詣でたのは男性の弟子ではなくマグダラのマリアなどの女性の弟子たちでした(多分彼女のほかにも誰か女性が一緒だったでしょう)。墓の石が取りのけてあったので異変(?)を感じ、すぐに引き返し、ペトロとヨハネに知らせます。彼らはまだ墓には詣でていなかったのです。

    「見て、信じた」(20.8)とあり、また「二人はまだ理解していなかった」(20.9)とありますが、何を信じたのでしょうか?復活したことでしょうか?イエスが神の子であることでしょうか?また、理解していなかったのは何を?聖書で預言されていたイエスの復活のことでしょうか? 

    マグダラのマリアはイエスを深く愛した人でした。イエスも彼女を深く愛していました。復活のイエスと最初に出会った人はマグダラのマリアです。彼女が復活の最初に証人となりました。さらにその後、ペトロをはじめとする弟子たちは復活したイエスに出会い、信仰を強められ、力強く宣教します。信仰とは強められ深められるものです。イエスの弟子たちの信仰も強くなり深くなりました。イエスを三度否んだペトロもそうです。今日の朗読の「使徒たちの宣教」ではペトロが確信に満ちた証言をしています。

    ナザレのイエスは「聖霊と力によって油注がれた者」であり、悪魔に苦しめられていた人たちをすべていやされました。人々はイエスを木にかけて殺しましたが神はイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。イエスを信じる者は誰でも罪の赦しを受けることができます。」(使徒言行録10.34‐43参照)。

    ペトロはこのように述べています。教会は復活の証人であり、ペトロが述べた証言と同じ福音を宣べ伝えてきました。現在も同じ証言を伝え、あかしします。それが教会の使命です。 

    今年の6月28日から1年間がパウロの年であると教皇ベネディクト16世は宣言されています。パウロは復活したイエスと出会い、異邦人の使徒となりました。パウロは多くの教えを新約聖書として残しています。パウロ年にあたりパウロの手紙の聖書をよく読み、学び、パウロの信仰に倣って歩みたいと願っています。 

    パウロは殉教者です。教会には多くの殉教者がいます。わたしたち日本の教会にも多くの殉教者がおります。今年11月24日にペトロ岐部と187殉教者が長崎で列福されます。188人の中で183人が信徒です。彼らは17世紀前半、力強く勇敢に信仰をあかしした人たちです。是非この殉教者の信仰に学びたいと思います。 

    それでは現代における信仰のあかしとはいかにあるべきでしょうか?

    先日2月3日、潮見教会でわたしは「エリザベス・マリア北原怜子(きたはら さとこ)帰天50周年記念ミサ」を捧げました。その日には外側志津子(とがわ しづこ)さんの「記念講演」も行われました。講師の外側志津子さんは28歳で帰天された北原さんの最後の6年を共にされた方です。敗戦後の日本は貧しい人々でいっぱいでした。北原さんは「蟻の町」のなかの三畳のバラックに住んで、人々から「蟻の町のマリア」と呼ばれるに至ったことは広く知られています。わたしは今回、外側さんの話を聞いて、静かな感動を覚えました。北原さんは自分で事業を興したとか何か特別なことをしたわけではありません。彼女の日々の生き方が信仰のあかしでありました。 

    北原さんが帰天して50年、日本社会の状況はすっかり変わりました。人々は激しい競争と厳しい管理のなかで緊張を強いられ、余裕を失い、大きなストレスを抱えています。かつての「蟻の町」に見られた暖かく優しい心のふれあい、人と人とのつながりはどこに見られるのでしょうか?わたしたち教会こそ、復活したキリストが共にいてくださる神の民のしるし、証しとならなければならないと思います。教会は闇を照らす光、砂漠の中の泉であるはずです。経済的には富んでいても精神的に貧しい人が多い現代、北原怜子さんが生きた信仰がますます求められているのではないでしょうか。 

    いのちの泉である聖霊が豊かに注がれますように、キリストの光がわたしたちの心を照らしてくださいますように、わたしたちがいのちの泉、キリストの光のしるしとなって歩むことができますように祈りましょう。