神のいつくしみに信頼して 四旬節を前にゆるしの秘跡についての教書

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    東京教区の教会に属する、キリストにおける兄弟姉妹のみなさんへ。

    今年の四旬節にあたり、東京教区の牧者として皆様に心からの挨拶と慰め、励ましのことばを送ります。

     

    「ゆるしの秘跡」へのすすめ

    わたくしは四旬節を迎えるにあたり、みなさんに、もっと「ゆるしの秘跡」へ近づくよう勧め励ますためにお便りしています。

    「ゆるしの秘跡」はわたくしたちの教会のすばらしい宝であります。しかし現状ではそのことが十分に伝わっておりません。極めて残念であります。

    わたくしはこの秘跡が生かされるためにはさまざまな問題と課題があることを知っています。そこで、この機会に秘跡を授ける側の司祭も受ける側の信者も、問題の解決と課題の克服に取り組むとともに、主なる神の慈しみへの信頼を深め、勇気を持ってこの秘跡に近づくよう、お互いに励まし合いたいと願っています。そして司祭の皆さんにも、信者がもっと「ゆるしの秘跡」に近づき易くなるよう、あらゆる努力、こころみをするようお願いいたします。

     

    「いやし」の秘跡

    昨年の司祭月例集会や宣教司牧評議会で、「ゆるしの秘跡」について現状と問題点を話し合ってきました。東京教区では「心の問題」が優先課題の1つとしてかかげられてきましたが、そこには「いやし」という大きなテーマがあります。「ゆるしの秘跡」は「病者の塗油」とともに、教会が与える固有の「いやし」の1つであります。今年の四旬節を前にして、わたくしはみなさんに、この秘跡の素晴らしさを見つめ直していただきたいと願っております。

     

    「ゆるしの秘跡」とは

    教会は「ゆるしの秘跡」を教会の7つの秘跡の1つとして大切にしてきました。この秘跡は洗礼後に犯した罪のゆるしを与える秘跡です。洗礼によって罪をゆるされたキリスト信者は聖霊の恵みを受けた神の民でありますが同時に罪びとの集まりでもあるので、洗礼の後に犯した罪のゆるしを必要としています。「ゆるしの秘跡」とは、「教会の奉仕の務めを通して」神と和解し、罪によって傷つけた教会共同体と和解し、さらにすべての人々との和解を求めるための大切な秘跡です。

    「ゆるしの秘跡」は、告白者の3つの行為と司祭のゆるしの言葉によって成り立っています。

    3つの行為とは、「痛悔」「司祭への告白」「償いを果たす決意とその実行」です。司祭のゆるしの言葉は次のとおりです。

    「全能の神、あわれみ深い父は、御子キリストの死と復活によって世をご自分に立ち返らせ、罪のゆるしのために聖霊を注がれました。神が教会の奉仕の務めを通してあなたにゆるしと平和を与えてくださいますように。

    わたしは、父と子と聖霊のみ名によって、あなたの罪をゆるします。」

    「ゆるしの秘跡」は、このようにしてわたくしたちの心に平和と喜びをもたらし、キリスト信者としてより力強く生きるための霊的な力を与える秘跡なのです。

     

    いつ、どのように秘跡を受けたらよいか

    「ゆるしの秘跡」の形は、時代とともに変わってきました。長い間、頻繁に告白を行う習慣がありましたが、現在では告白を行う機会が減少しています。教会は常に「大罪」のゆるしのためには、この秘跡を受けることが必要だと教えてきました。同時に霊的生活の向上のために、小さな罪についても「ゆるしの秘跡」を受けることを今も勧めています。また、教会は分別のつく年齢に達した信者に対して、少なくとも年に1度は告白するよう教えています。

    現代のわたくしたちがどのような頻度でこの秘跡を受けるべきか、客観的な基準を示すことは難しいのですが、特に四旬節は回心の季節ですので、この秘跡の重要性を再確認し、この秘跡に近づこうとするのにふさわしい時です。また人生の節目を迎えるときも、信者の霊的成長のために、この秘跡を受けることは有益であります。

    「何を告白してよいか分からない」という方がおられます。確かに教会は昔のように細かい糾明箇条を示していません。しかし、まず落ち着いて自分の生活を振り返り、反省してみてください。神に対して、人に対して、また自分に対して愛に反したこと、愛の足りなかった点を見つけることができるはずです。

    なお具体的な告白の仕方について戸惑いを感じている方もいます。勇気をもって牧者にたずねるよう勧めます。

     

    信頼と勇気をもって

    教会は伝統的に、司祭に対して、告白の秘密を守り、またその秘密を利用しないよう、厳しく命じています。また信者は自分が告白する司祭を自由に選ぶことができます。それでも、「ゆるしの秘跡」を受けるにあたって、誰もが困難を感じることがあります。自分の罪を告白するということには、恐れや不安があって当然なのです。しかし、神はわたくしたちの心のすべてをご存知です。どんなつたないことばであっても、いや、秘跡に近づく心があるだけでも、神は打ち砕かれた心を受け入れてくださいます。どうか皆さん、神への信頼と勇気をもってこの秘跡に近づいてください。

    そして司祭のみなさん、「良き牧者」として、また魂の医師として慈父の愛と賢慮をもって人々の告白を聞いてください。また、どのようにすれば人々がもっと豊かにこの秘跡の恵みにあずかれるようになるか、知恵をしぼって考え、実行してください。

     

    共同回心式と対話形式の告白

    「ゆるしの秘跡」にはさまざまな形があります。「共同回心式」は、参加者一同がともに告白の準備を行ない、いただいたゆるしをともに感謝するものです。ここでは特に悔い改めの教会的性格が現れています。しかしまた、ゆっくりと時間を取って、司祭との対話のうちに行なわれる「ゆるしの秘跡」もまた霊的に豊かな意味を持っていることを忘れないでいただきたいと思います。

     

    教会の教えを学んでください

    わたくしたちは、ゆるしといやしを与えてくださる神に信頼しています。「ゆるしの秘跡」とは、その神との出会いの場であり、大きな恵みのチャンスなのです。今年の四旬節にあたり、『カトリック教会のカテキズム』あるいは『カトリック教会の教え』(共にカトリック中央協議会発行)などに基づいて、もう一度「ゆるしの秘跡」について、教会の教えを学ぶ機会を作ってくださいますよう、司祭と信徒のみなさんにお願いいたします。

    特に、現代では個人の罪だけではなく、罪の共同体的な側面にも光が当てられるようになりました。この機会に、個人の罪だけでなく、構造的な罪や社会的な罪についても考えるように勧めます。

     

    わたくしたちの回心の歩みを神が豊かに祝福し、キリストとともに新しいいのちへと導いてくださいますように。

     

     2007年 四旬節を前にして

     

     


     

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