「テデウム」年末聖職者集会・聖体賛美式

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    2004年12月27日、東京カテドラル聖マリア大聖堂にて

     

    神父様方、修道者、信徒、職員の皆様、クリスマス、おめでとうございます。

    恒例の「テデウム」の年末集会にようこそお越しくださいました。クリスマスの典礼や行事などでさぞお疲れのことと存じます。今日はどうかゆっくりと安らぎと感謝のひと時をお過ごしください。

    今わたしたちは2004年という年を見送ろうとしています。この年は皆さんにとってどんな年だったでしょうか。心痛む出来事が多かった年ではなかったでしょうか。地震、台風、水害などの災害、さまざまな犯罪、戦争や紛争、病気・障害などで今も多くの人々が苦しんでいます。この人々に主よりの助けと慰めが豊かに与えられますよう祈らずにはおられません。とはいえ、わたしたちは今年も多くの恵みをいただきました。わたくしども東京教区にとっては恵み深い年であったと思います。

    本年、わたしたちは東京・ケルン両大司教区の友好関係50周年を祝い、また同時に東京教区とミャンマーの教会との友好25周年を祝いました。この3つの教会共同体の交流と協力がますます進展しますよう祈ります。また、今年わたしたちは東京カテドラル聖マリア大聖堂献堂40周年を祝い、白柳枢機卿様から心にしみる説教をいただきました。枢機卿様は説教の中で、「カテドラルが人を温かく迎える場、希望を見出し、癒される場、愛する心をもらう場となるように願う」と言われました。この言葉をわたしたちは深く心に刻みたいと存じます。さらに、カテドラルと麹町教会を会場に、第30回「正義と平和」全国集会が開かれ、非常に多くの参加者を見ることができたのは大きなことだったと思います。「正義と平和アレルギー」ということが言われてきましたが、「正義と平和」へ理解が少しずつ広まっていると感謝しております。そして、今年いただいた大きな恵みといえば、補佐司教の任命です。教皇ヨハネ・パウロ2世はわたくしが微力であることをご理解くださり、幸田和生神父を補佐司教に任命してくださいました。教皇様と日本の教皇大使館の皆様に心から感謝いたします。補佐司教の役割は大司教を助けること、そして司祭団の声をよく聞きながら東京教区の宣教を前進させるということだと思いますが、それは実に大変なことです。皆様の支え、お力添え、お祈りを切にお願い致します。

    さて教皇様は2004年10月から2005年を「聖体の年」と定められました。教皇書簡『主よ、一緒にお泊まりください』Mane Nobiscum Domine の日本語訳が12月25日付けで出版されたところです。この書簡において「聖体の年」の趣旨が説明されております。皆様、是非ともお読みください(本日、クリスマスのプレントとして配布)。本日はこの書簡でわたくしの心に最も深く触れた点を選んで皆さんに紹介したいと思います。

    教皇様はヨハネ福音書13章の「洗足」に触れながら、洗足と聖体制定の意味を結びつけて次のように言われました。

    「わたしたちの神は、聖体において極限の愛を示し、人間関係をあまりにもしばしば抑制する権力の基準をひっくり返し、奉仕の基準をはっきりと断言します。『いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい』(マルコ9・35)。ヨハネの福音書に聖体制定の箇所が見当たらないのは偶然ではありません。それは「洗足」(ヨハネ13・1-20参照)と関連しています。弟子たちの足を洗うために身を屈めることによって、イエスははっきりと聖体の意味を説明したのです。」

    また教皇様は聖体の年にあたり、現代世界に存在するさまざまな形態をとった貧困という問題にコミットするよう呼びかけています。ここでいうさまざまな貧困とは、たとえば何億人もの人を苦しめている飢餓、発展途上国の人々を苦しめている病気(エイズなど),高齢者の孤独,失業者の味わっている困難、移住者が日々経験している労苦などを指しています。わたくしはさらにこの大都会・東京に暮らす人々を襲っている深い心の闇、不安、孤独を思います。わたしたち東京教区がこのさまざまな問題、貧困、飢餓、病気、心の飢餓などを分かち合い、兄弟姉妹として、癒しと安らぎ、救いの喜びを味わうことができますよう、祈りましょう。

    2004年中に皆様よりいただいたご支援、ご指導、お祈りに深く感謝します。

    来る新しい年が皆様にとって健康に恵まれた年、元気に自分の使命の遂行に励むことのできる年となりますよう祈ります。アーメン。