主の降誕・夜半のミサ説教

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    2004年12月24日午後7時、東京カテドラル聖マリア大聖堂にて

     

    今日わたしたちは世界中の人々とクリスマスを祝います。クリスマスは一年中で最も多くの人が教会に来てくれる日です。信者でない人もクリスマスには教会へ来てくれます。この大聖堂にも多くの方が来てくださっていますが、皆さんの中にも信者でない方がいらっしゃることでしょう。日本はキリスト教の国ではないのにクリスマスのときだけは多くの人が聖堂を訪れます。これは教会を担当する者にとって大変ありがたい事であります。クリスマスはキリスト教のメッセージを伝えるよい機会となっているからです。

    クリスマスは文字どおり「キリストのミサ」ということです。クリスマスにはイエス・キリストの誕生を祝うミサがささげられます。すなわち、いま行われているこの祭儀のことであります。誰にとっても誕生ということは喜ばしい出来事です。今日わたしたちはイエス・キリストの誕生を祝っておりますが、イエスの誕生の喜びがすべての人の誕生の喜びとつながっていかなければならないと思います。ところが、現実には必ずしもそうはいきません。地上には何十億という人々が暮らしていますが、その人々が皆、自分の誕生と存在を喜んでいるわけではないのです。この世界にはそうできないさまざまな現実があるからです。

    2004年を一つの漢字で表すと「災」という字、災害の「災」だそうです。実に2004年は災害の多い年でした。災害には天災と人災があります。天災は避けることができませんが人災は人間の努力・注意によって避けること、少なくすることができます。その人災の中で最もひどいものは戦争です。教皇ヨハネ・パウロ2世が1981年、日本に来られ広島を訪問されましたが、そのとき「戦争は人間の仕業です」と言われました。まさに戦争は人災の最たるものです。わたしたちは戦争をなくすよう、戦争はやめさせるよう、戦争を起こさないよう、力を尽くさなければならないのです。戦争は人間が起こすものですから,一人ひとりの心の中に、平和の砦が築かれなければならないのです。「平和の君」である幼子イエスに向かって、どうかわたしたちに平和の心をお与えくださいと心から祈りたいと思います。

    さて、今日祝うイエス・キリストは貧しい馬小屋に生まれました。わたくしはクリスマスの大切なメッセージの中心は「貧しさ」ということだと思います。幼子イエスが貧しさのただ中にお生まれになったのです。キリスト教の信仰によれば、イエス・キリストは三位一体の第二のペルソナ御子です。神からの神、光からの光、まことの神よりのまことの神とわたしたちキリスト者は信じています。そのイエス・キリストは貧しい夫婦、マリアとヨセフの子どもとして旅の途中、貧しい馬小屋でお生まれになったのです。それはイエスが人類の貧しさをご自分のものとされ、ということを表しています。わたくしは、クリスマスのメッセージはこの「貧しさ」にあると思います。つまりイエスに倣ってわたしたちも貧しさを担い合う、分かち合うということではないかと思います。

    先日知ったことですが、イスラム教徒もイエスを預言者と認め、イエスの教えを尊重しているとのことです。しかし、イエスの後にできた教会とイエスを区別しているようです。教会のしていることにはどうかと思うことがある、というのです。たとえばこのクリスマスです。キリスト教徒はクリスマスには飲んだり食べたりして騒ぐ。これはイエスの教えに適っているのか。そういうことを言っています。耳が痛い批判です。イエスは人類の貧しさを背負われ、最後は十字架で亡くなられました。わたしたちも互いに貧しさを背負わなければならないと思います。そうすることが平和への道でもあると思います。

    貧しさにはさまざまな形があります。最も深刻な貧しさは食べるものがないという飢えの体験です。現実に数知れない人が飢えに苦しみ、飢えによっていのちを失っています。また、さまざまな病気、疾患、障害があります。とくにアフリカではエイズのために多くの人々、子どもたちもいのちを落としています。また孤独という心の問題があります。マザーテレは言いました。「人間にとって、一番ひどい病気は、誰からも必要とされていないと感じることです」「誰からも受け入れられず、誰からも愛されず、必要とされないという悲しみ、これこそ本当の飢えです」。この東京とその周辺の首都圏にはこのような飢えと悲しみをもった多くの人がおります。これこそ人間の苦しむ貧しさの一つです。互いに貧しさを支え合い担い合うこと、そこにクリスマスの意味があります。

    わたしたたちのために人となってこの世界に来てくださったイエス・キリストの恵み、平和、祝福が皆さんのうえに豊かに与えられますように!