2001年クリスマス・ミサ

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    2001年12月25日、東京カテドラル聖マリア大聖堂

     

     

    皆さん、クリスマス、おめでとうございます。

    聖フランシスコ・ザヴィエルによってキリスト教が日本に伝えられたのは1549年でした。以後およそ450年たちますが信者の数はいまなお非常に少ないといわなければなりません。それにもかかわらず、キリスト教的なもの、習慣、文化などはある意味で日本社会に受け入れられています。たとえば今日祝っているこのクリスマスです。クリスマスというお祭りもいまや多くの人に知られるようになりました。本当にその意味が理解されているのか、ということは別になりますが、それでもわたくしはこの事実をむしろ喜ばしいと考えています。

    ご存知のようにクリスマスはイエスの誕生を祝うことですが、それはすべての人類の誕生を祝うことに通じます。単にキリスト者にとって大きな祝祭であるだけではなく、すべての人にとっても喜びの日であるはずです。クリスマスはすべての人の祝祭であり、喜び祝う祭りであります。実際日本でもそう感じる人は少なくはないと思います。

     

    なぜイエスの誕生は喜びであり全人類の祝いとなりうるのでしょうか。

    クリスマスの聖書朗読から、イエスは誰であるといえるでしょうか。

    イエスは、旧約で告げられていたメシア・救い主、聖なる御腕の力、すべての人にとっての神の救い、万物の創造者、神の栄光の反映、神の本質の完全な現れ、そして初めから神とともにあった神のことばです。

    このイエスの誕生は、神と等しい方がわたしたちと同じ人間となってくださった、ということを意味します。すべての人を救うために、罪を除いて、わたしたちと同じ弱い人間性をとられ、わたしたちを神のいのちにあずからせてくださるのです。

    静かのこの聖書の教えを味わうとき、次のようなメッセージが伝わってきます。

    「イエスの誕生は全人類の喜びです。イエスはすべての人の生、いのち、存在に意味を与え、祝福するお方である」。

    実にイエスの誕生の神秘は、あなたが存在することは喜ばしいことうれしいことであるという大切なメッセージを伝えてくれるのです。

    しかるに、2001年はどんな年でしたでしょうか。多くのいのちが踏みにじられ、きずつけられた年、殺戮と憎悪、報復で血塗られた年でした。

    実にイエスの誕生のメッセージとは反対のメッセージが強く流れ伝えられた年です。

    9月11日の同時多発テロでは数千人の命が奪われた。他方、アメリカ軍と多国籍軍のアフガニスタン攻撃は、無辜の民が多数殺され、無数の人がふるさとを追われて難民となりました。この事実は、現在この地球上で、いかに人間のいのちが粗末にされているのかを如実に示しています。

    2002年こそ、イエス誕生のメッセージを大切にし実行する年にしたいと切に望みます。

    いのちの尊さを伝えるメセージと行動を大切にしたい、そのために自分に何ができるか、問い掛けたいと思います。皆さんも、自分は何ができるか、自らに問い掛けえください。信者としてだけではなく一人の人間として、そして市民としての何かの働きに着手していただきたいとお願いします。

    わたしたちひとり一人が聖霊の導きに助けられ、日々の生活のなかで、すべての人を大切にするというイエスのご誕生のメッセージを実行することができますように。

    この願いを聖母の取次ぎによって主なる神の御前にささげます。