性虐待被害者のための祈りと償いの日の晩の祈り

毎週日曜日の午後5時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂では、晩の祈りが捧げられています。3月24日の日曜日夕方5時からは、私が司式して、性虐待被害者のための祈りと償いの日の晩の祈りを捧げました。以下、当日お話しした説教の原稿です。

この世において聖なる存在、善なる存在であるはずの教会は、残念ながら時にその道からはずれ、悪のささやきに身をゆだねてしまうことすらあります。聖なる存在、善なる存在は、常に宣教を妨げようとする悪のささやきにさらされます。その最前線で防波堤となり、悪への傾きから教会を護らなくてはならない牧者。その牧者たるべき聖職者が、自らが護らなくてはならない人々、とりわけ年齢的にも立場的にも弱い人々へ、性的な虐待をすることで、教会を悪のささやきにゆだねてしまった事例が、全世界であまりにもたくさん報告されております。

米国での聖職者による性的虐待問題の報告書や枢機卿の辞任、オーストラリアやフランスなど、各地で自らの犯罪行為や事実の隠蔽に関わったとして、聖職者がその責任を問われています。残念ながら、教会が聖なる道から離れ、善なる存在とは全く異なる過ちを犯した問題が次々と明らかになり、日本でも同様の事例があることも、明らかになっています。

教会において、聖性の模範であるはずの聖職者が、全く反対の行動をとって多くの人の心と体を傷つけ恐怖を与えてきたことを、特に私たち聖職者は真摯に反省しなければなりません。被害を受けられた方々に、また信頼していた存在に裏切られたと感じておられる方々に、心からゆるしをこいねがいます。

教会が今直面する危機的状況は、単に偶発的に発生している問題ではなく、結局は、これまでの長年にわたる教会の歴史の積み重ねであり、悪のささやきに身を任せて積み重なってきた諸々のつまずきが、あらわになっているのだろうと思います。教皇様を頂点とする教会は、結局のところ、この世における巨大組織体ともなっています。組織が巨大になればなるほど、その随所で権力の乱用と腐敗が生じます。この世の組織としての教会のあり方をも、私たちは今、真摯に反省し、組織を自己実現のためではなく、神の国の実現のために資する共同体へと育てていかなければならない。そういう「とき」に、私たちは生きているのだと感じています。

そして、虐待の被害に遭われた多くの方が心に抱いている傷の深さに思いを馳せ、ゆるしを願いながら、その心の傷にいやしがもたらされるように、教会はできる限りの努力を積み重ねる決意を新たにしたいと思います。

同時に、積極的で真摯な対応を怠り、事態の悪化を漠然と看過してきた私たち司教も、その怠りの罪を反省し、真摯に対応していく決意を新たにしたいと思います。

私たちは、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」と言うイエスの言葉のうちに、すべての人、とりわけ弱い立場に置かれた人のうちに主がおられると信じているはずです。虐待の加害者は、残念ながら、被害者の方の心に思いを馳せることができなかっただけでなく、そこにおられる主ご自身をも傷つけてしまいました。

教会は、「キリストの光をもってすべての人を照らそうと切に望む」存在であるはずです。教会は、世界にいつくしみを伝え、それを生きる姿で具体的に表す存在であるはずです。教会は、「神との親密な交わりと全人類一致のしるし、道具で」あるはずです。

しかし教会は、聖職者自身の犯した罪によって、その輝きを失い、いつくしみを表すことなく、自ら一致ではなく混乱する姿をさらけ出してしまっています。

現代社会こそ、暗闇に輝く光を必要としています。神が賜物として与えられた人間のいのち、神の似姿として尊厳を与えられた人間のいのちが、社会の様々な現実の中で危機にさらされている様々な現実を目の当たりにするとき、まさしくわたしたちは暗闇の中に生きていると感じさせられます。

その暗闇の中で、教会こそは、キリストの光を輝かせる存在でなくてはならない。果たしてその役割を真摯に果たしているのだろうか。

また現代社会の様々な現実を客観的に見るならば、私たちは一致と言うよりも分裂の中に生きていると感じることがあります。教皇様がしばしば指摘されるように、現代社会には排除の論理が横行し、異質な存在を排斥し、時に無視し、自分を中心とした身内だけの一致を護ろうとする傾向が見受けられます。教皇様は、「廃棄の文化」と言う言葉さえ使われます。弱い立場にある人、助けを必要としている人に手を差し伸べるのではなく、そんな人たちは存在しないものとして、社会の枠から追い出されてしまう、捨てられてしまう。

護るべきいのちの尊厳を、自分中心の考えから、ないがしろにしてしまった聖職者の存在と、その逸脱を許してしまった教会組織が、いのちの尊厳を語る教会から信用と信頼を失わせてしまっています。

2月21日から24日まで、「教会における未成年者の保護」をテーマに、世界中の司教協議会会長が呼び集められ、バチカンで会議が行われました。その閉幕にあたりささげられたミサで教皇様は、「人々の魂を救いに導くために神から選ばれ、自らを奉献した者が、自分の人間的弱さや病的なものに打ち負かされ、無垢な子どもたちさえ犠牲にしてしまう、この虐待問題に、わたしたちは悪の手を見ることができる」と指摘されました。

その上で、「人々の正当な怒りの中に、教会は、不正直な奉献者に裏切られた神の怒りを見ている」と厳しく指摘し、この問題に真摯に取り組んでいく姿勢を強調されました。

教皇フランシスコは、教会の聖職者による性的虐待の問題、特に児童に対する問題に教会が全体として真摯に取り組み、その罪を認め、ゆるしを願い、また被害に遭った方々と教会がともに歩むことを求めておられます。またそのために、特別の祈りの日を設けるように指示されました。日本の司教団は、2016年12月14日にメッセージを発表し、その中で日本における「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を、四旬節・第二金曜日とすることを公表しております。2019年にあっては、3月22日(金)がこの「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたります。

聖職者が自らの生き方を顧み、無関心や隠蔽も含め、その罪を真摯に認めなくてはなりません。被害を受けられた方々に、神のいつくしみの手が差し伸べられ、癒やしが与えられるように、祈るだけではなく、教会として具体的な対応をとるように努めたいと思います、被害を受けられた世界中の多くの方々に、心から許しを願います。

そして、教会のために、また弱い人間である司祭たちのために、祈りをお願いいたします。




あけましておめでとうございます

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みなさま、新年あけましておめでとうございます。

2019年が、神様からの祝福と護りのうちに、みなさまそれぞれにとって、喜びと希望、そして平安に満ちた年となりますように、お祈り申し上げます。

2019年1月1日の深夜零時、年が明けてすぐに、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、神の母聖マリアの祝日のミサを捧げました。深夜にもかかわらず、聖堂に一杯の方が参列してくださいました。(上の写真は、今年の新潟教会の馬小屋です)

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2019年は、教皇フランシスコの来日が期待されている年です。最終的にはバチカンと日本政府の交渉によって、実現するかどうかは決まるのですが、現時点では、教皇様をはじめ教皇庁の方々は、訪日実現に向けて動いてくださっています。実現を信じながら、わたしたちは、単に訪問のときだけの準備をするのではなく、訪問が日本における福音宣教をさらに強める契機となるように、事前に霊的にも良い準備をしていきたいと思います。

その手始めとして、教皇フランシスコの書かれた文書を、あらためて読み直すことなどはどうでしょうか。ひとりでは難しくても、何人かのグループで、例えば「福音の喜び」などや、または文庫で出ている説教集などを読んでみる会を開いてみるのはいかがでしょう。日本にお迎えする教皇が、どのような教会のあり方を望んでおられるのか、学ぶことは大切だと思います。

勉強はちょっと、と言う方には、ぜひとも、教皇様のために、また教皇様の意向のために、祈ることができます。これもひとりでは大変かも知れませんが、何人かのグループで、例えばロザリオを一緒に唱えることもできるでしょう。教皇様は、常々、ご自分のために祈ってほしいと願われています。

また、2019年は、日本にあっては平成の時代が終わり、今上天皇が譲位され、新しい時代が始まる年でもあります。憲法の精神が豊かに生かされ、新しい国民統合の象徴をいただき、世界に誇る平和国家日本の存在が強められることを、心から祈ります。

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東日本大震災の発生から、この3月で8年となります。被災した各県の復興状況は異なりますが、日本の教会全体としての関わりは、様々な地域で、様々なレベルで継続されています。東京教区が関わる南相馬にあっては、取り組みが新たな次元に入ろうとしています。これからも歩みをともにする道を進みたいと思います。東北以外にも、昨年は全国各地で災害が続きました。教会の様々な取り組みをもって、いのちの与え主である神の、誰ひとり忘れてはいないと言う思いを、目に見える形にしていくことができればと思います。

創造主としての神が望まれる世界秩序が実現しない限り、本当の平和はあり得ないと思います。残念ながら、神が望まれる世界のあり方とは異なる方向に向かう出来事は、各地に数限りなく存在しています。神の御旨に誠実にしたがって、生きる勇気を願いたいと思います。

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以下、深夜ミサの説教の原稿です。

お集まりの皆さん、新年明けましておめでとうございます。

主イエスの降誕の出来事を喜びのうちに記念する私たちは、それから一週間がたったこの日、1月1日に、神の母である聖マリアを記念します。

先ほど朗読された福音には、主イエスの誕生の夜、羊飼いたちが天使に導かれて聖家族のもとに駆けつけ、そこで目の当たりにした神による不思議なわざを、今度はさらに多くの人たちに告げ知らせていった様が描かれておりました。福音には「不思議に思った」と記されていますが、実際にはどうだったのでしょう。

今でも、世界各地では、常識を裏切るような出来事がしばしば発生し、そのたびごとに私たちは大騒ぎをいたします。よりよい対応ができずに、たとえば予想を上回るような大災害が発生すると、「想定外」などといった言葉も使われます。そういった「想定外」の出来事が起こるとき、今の時代にはインターネットをはじめとした様々なコミュニケーション手段があるのですから、出来事のインパクトが大きければ大きいほど、多くの人を巻き込んだ騒ぎとなります。多くの人が熱狂します。

もし仮に、2000年前にそのようなコミュニケーション手段があったとしたら、天使に導かれて聖家族に到達した羊飼いの話はあっという間に広まり、ちょっとした騒ぎを巻き起こしていたのかもしれません。

でもわたしたちは、そういった熱狂が一時的であることを、体験を持って知っています。熱はあっという間に冷めてしまい、そうなると誰も起こった出来事に関心を持たなくなってしまう。

羊飼いたちにしても、そうであったかもしれません。その晩起こった出来事の不思議さを耳にした人たちは、一時的に興奮し熱狂したのかもしれませんが、それはすぐに忘れ去られていったことでしょう。それを福音は、「不思議に思った」という言葉で記します。

それに対して神の母である聖マリアは、出来事にいちいち興奮することなく、「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」のだと福音は記します。

すべての出来事は神の御手の中にあって起こっています。起こる出来事のいくつかを通じて、神はご自分の計画を示されることでしょう。興奮していては、熱狂していては、その神の声を聞き分けることはできません。熱狂は、結局はイエスを十字架につけて殺してしまったのです。

マリアは、観想のうちに落ち着きながら、神の思いを識別する姿の模範を私たちに示します。

いちいち例を挙げるまでもなく、諸外国との関係にあっても、国内で起こる様々な出来事にあっても、私たちは、圧倒的な情報の前で一喜一憂し、時に興奮し、熱狂のうちにあっという間の判断を下してしまいます。落ち着きましょう。私たちが興奮して焦って、人間の思い通りに何かを進めても、それが神の計画にかなうものとは限らない、どころか、しばしば反対の結果になるのです。

教皇フランシスコはこのことを、「時間は空間に勝る」という言葉で示されています。

使徒的勧告『福音の喜び』に、平和を実現するための4つの原理というのがあって、最初に言われているのがこの「時間は空間に勝る」という原理です。

教皇はこの原理について、こう言います。
「この原理は、早急に結果を出さず、長期的な取り組みを可能にします。…空間を優先することは、現時点ですべてを解決しようとする、あるいは、権力と自己主張が及ぶ空間すべてを我が物にしようとする愚かな行動へと人を導きます。」(『福音の喜び』223)

マリアは、熱狂のうちに興奮して拙速な判断をすることなく、時間を優先して、落ち着きのうちに、神の御旨を知ろうとする謙遜な姿の模範を示しています。

「時間は空間に勝る」は、平和を実現するための四つの原理の一つでありましたが、この1月1日を教会は、世界平和の日とも定めています。今年の世界平和の日にあたり、教皇フランシスコは、「よい政治は平和に寄与する」という題名のメッセージを発表され、政治に携わる人々に語りかけ、また多くの人がよりよい政治の実現に関心を寄せるようにと呼びかけられています。

その中で教皇様は、まず次のように指摘されます。
「平和をもたらすことは、キリストの弟子の使命の核心です。そしてその相手は、人類の歴史に刻まれた悲劇と暴力のただ中で、平和を願い求めるすべての人です」

その上で、政治の果たすべき役割の重要性に触れながら、次のように政治に対する前向きな期待を述べられています。

「人間のいのちと自由、尊厳に対する根本的な敬意のもとに行われるとき、政治は愛のわざの卓越したかたちとなるにちがいありません。」

そして、政治家の理想的な姿を表現するものとして、2002年に死去したベトナム出身のフランシスコ・ザヴィエル・ヴァン・トゥアン枢機卿の「政治家の真福八端」を掲げます。
こう書いてあります。
        「自分の役割に対して高い意識と深い理解をもつ政治家は、幸いである。
          信頼できる人柄の政治家は、幸いである。
          自分の利益のためにではなく、共通善のために働く政治家は、幸いである。
          一貫して忠実である政治家は、幸いである。
          一致を実現する政治家は、幸いである。
          抜本的改革を行うために尽力する政治家は、幸いである。
          耳を傾けることのできる政治家は、幸いである。
          ひるまない政治家は、幸いである」

そして教皇様は、終わりにこう指摘されます。
「政治が平和に寄与するのは、各人のカリスマと能力を正当に評価し、それを明らかにするときです。」

新しい年の初めに当たり、この一年が私たちにとって、熱狂ではなく観想のうちに、神の御旨を識別する年となりますように、またすべての人が、それぞれに与えられたカリスマと能力を正当に評価され、それに十全に生きることのできる社会が実現しますように、ともに神の母である聖母マリアの取り次ぎのうちに、神の導きを祈りましょう。

(「司教の日記」2019年1月1日より)




主の降誕、おめでとうございます

christmas1801主イエスの降誕、おめでとうございます。

みなさま、お一人お一人にとって、またみなさまのご家族にとって、心の暖まるひとときが与えられる、素晴らしいクリスマスとなりますように。

またこのクリスマスの時期に、インドネシアでは大きな津波がありました。2004年にもインドネシアでは、クリスマスに大きな地震があり津波の大きな被害が出ています。被害を受けられた方々のため、特に亡くなられた方々のためにお祈りいたしましょう。

関口の東京カテドラルでは、12月24日は、午後5時、午後7時、午後10時、そして深夜零時にミサが行われました。わたしは、午後7時のミサを担当いたしました。晴れていたものの、とても寒い晩でしたが、パイプいすがすべて埋まり、立ち見も出るほどで、千人を超える方がミサに与ってくださったのではないでしょうか。聖体拝領のときにも、だいたい6割以上が祝福を求める方でした。

christmas1805ミサは、幼子の像を抱いて、聖堂後ろからロウソクに導かれて入堂するキャンドルサービスに始まり、幼子を祭壇前の飼い葉桶に安置して、少女たち(献金少女と呼ばれているようです)が、カップローソクを100近く並べていきました。

以下、昨晩7時のミサの説教の原稿です。

主の降誕(夜半のミサ)
東京カテドラル聖マリア大聖堂
2018年12月24日

お集まりの皆さん、主イエスの誕生、おめでとうございます。

誕生したばかりの幼子は、旅の途上にありました。両親が普通の生活を営んでいた故郷の街での誕生ではなく、旅の途上でありました。加えてその日、この家族には、安心して泊る場所さえ与えられなかった。心の安まらない状況で不安を抱え、そしていのちの誕生という人生における重大な出来事に直面したとき、この家族が抱える不安は、どれほどだったでしょう。助けてくれる知り合いとて見つからない土地で、どれほどの不安を抱えていたことでしょう。

それに追い打ちをかけるようにこの家族は、今宵の不安な出来事の直後に、次には迫害を避けていのちを守るために、エジプトへ避難する旅に出かけなくてはならなかったのです。どれほど心細く、不安であったことか。

クリスマスのお祝いは、明るいイルミネーションに照らされることで、なにやら明るく楽しいイベントになっていますが、その根底には暗闇の中にある不安が存在します。

いま、21世紀の現代社会にあって、同じように不安を抱え、心細さのなかで旅を続ける家族が、世界にはどれほどいることでしょう。

いったい、明日の自分はどうなるのだろう。家族に希望を見いだすことができるだろうか。果たして明るい将来はあるのだろうか。不安の中に、家族とともに、またはただひとりで、旅を続ける人が多くおられます。

紛争の地にあって、毎日のいのちの危険から逃れるために、旅に出ざるを得なかった人。政治の対立に翻弄されて、生きる場を失った人。国際関係の波間で、人間の尊厳を奪われ、自らの意思に反して旅に出ざるを得なかった人。厳しい経済環境の中で、生きるために旅に出る選択をせざるを得なかった人。愛する家族と一緒になるため、愛する人と一緒に生きていくために、法律の枠を超えて旅に出る人。

不安の中にも旅立つ理由には、他人が推し量ることのできないそれぞれの事情があることでしょう。それは一人一人の旅人にとって、いのちをかけた決断をするだけの事情であったことだと思います。それはわたしたちも想像してみればわかることですが、単に観光のために海外へ出かけるだけでも簡単ではありません。母国を離れ、未知の国へと旅に出ることが、どれほど大きな不安を伴うものであることか。暗闇の中に足を踏み出すことほど、不安なことはありません。

christmas1802キリスト教にとって、人間のいのちは神からの贈り物、賜物です。神はそれを条件をつけずに、わたしたちに与えられました。キリスト教の信仰は、完全である神が、自らの似姿としていのちを創造されたところに、人間の尊厳の源泉を見ています。そして神は、すべてのいのちを、大切なもの、かけがえのないものとして愛され、すべてのいのちがどんな条件にあったとしても、より良く生きられることを願われています。ですからキリスト教の信仰は、人間のいのちの価値は、人間が判断して決めるものではなく、神のみ手にゆだねられているのだと考えます。

ともすると今の時代、社会の役に立たないいのちには、存在する価値がないと決めつけようとすることがある。そう感じさせる事件や言動が見られるようになりました。まるで自分が生み出したものであるかのように、人間のいのちの値踏みをすることが、果たして正しいことだといえるでしょうか。

神は、大切でいとおしく思っている人間のいのちの尊厳を、明確に示すために、自ら進んで人間となられました。完全な神が、自ら不完全な人間となることで、人間のいのちが神にとってどれほど大切な存在であるのかを示されました。

神は、そうするために、どのような方法でも選ぶことができたことでしょう。

しかし神は、人間の尊厳がいのちにあることを示すために、幼子として誕生されました。親からの保護がなければ自分では生き抜くことが難しい頼りない存在の中に、人間の尊厳があることを示されました。だからすべてのいのちは、どのような状態にあっても、どのような条件の下にあっても尊厳があり、その尊厳は守られなくてはならないと、キリスト教は考えます。

さらに神は、旅路にあって暗闇の不安におののく家族に誕生されました。それによって、神は、すべての不安におののく家族に対して、自らが暗闇に輝く希望の光であることを示されました。ともに歩まれる希望の光であることを示されました。

神は希望の光。いのちの道しるべ。暗闇に輝く光。すべての不安をぬぐい去る力です。

教会は、クリスマスにあたって、あらためていのちを守り抜くことを呼びかけます。危機にさらされているすべていのちを守り抜くことを呼びかけます。その尊厳がそこなわれることのないよう、社会の状況が改善されるように呼びかけます。そして、旅にある人たちが、その安全を守られ、いのちの尊厳を奪われることのないように、歩みをともにすることを呼びかけます。

christmas1804クリスマスを祝うこの時期、世界の各地には、美しく飾り付けられたクリスマスツリーが数多く見受けられます。普段はキリスト教とそれほど縁のない日本においても、全国各地に美しく飾り付けられたクリスマスツリーがあります。

ツリーには様々なデコレーションがあることでしょうが、やはり一番伝統的なのはイルミネーションなどの明かりによる飾りであり、そしれ当然ですが、明かりは暗闇の中でこそ、美しく輝きます。

クリスマスツリーこそは、わたしたちがクリスマスに何を祝っているのかを、はっきりと教えてくれる存在です。暗闇の中に輝く光、すなわち人生の様々な不安を打ち破る希望の光は、イエス・キリストにあるのだと言うことを、その存在で教えているのです。

この時期、街角で、暗闇の中で様々に輝くクリスマスツリーを目にするとき、それがいのちの希望を示していること、それを通じていのちの大切さを説いていること、さらにはそのいのちが、すべて例外なく大切にされ、互いに助け合うように求められていること。それをどうぞ思い出してください。クリスマスに確認するべき愛は、助けを必要としている人への愛です。いのちの危機にさらされている人たちへの愛です。孤独と言う暗闇のうちにいる人への愛です。

すべてのいのちは、神の似姿として、よいものとして、例外なく神から愛され、神から使命を与えられてこの世界に誕生しました。誰一人として、その存在を無視されたり、排除されてもよい人はありません。神から与えられた使命を十全に生きることのできないような社会の現実も、そのままで容認されてよいはずがありません。夢物語の理想に聞こえるかもしれません。でも神はその夢物語のようなクリスマスの誕生物語の中で、今宵、ここに集まった皆さんに、語りかけておられます。

(「司教の日記」2018年12月25日の投稿より)




コングレガシオン・ド・ノートルダム調布修道院起工式

cnd180312月22日の土曜日の午後2時から、調布にあるコングレガシオン・ド・ノートルダム修道会において、修道院の耐震改築工事に伴う一連の工事の起工式を行いました。

これまであった修道院の一部を壊して、既設の建物に隣接して、平屋の建物を作るもので、施工は新発田建設さんです。設計者と施工者が同じなので、新潟の司教館とよく似たコンセプトの建物になるかと思います。

cnd1804当日は、小雨模様でしたが、起工式の間は雨もやみ、泥だらけにならずに済みました。シスター方と工事関係者が参加し、司式には私以外にサレジオ会の濱口管区長が参加してくださいました。

cnd1811式後には、管区長であるシスター遠藤の手作りというクッキーやケーキをいただきながら、茶話会となりました。

私が知っている限り、日本にはノートルダムを名乗る修道会は、コングレガシオン・ド・ノートルダムとノートルダム教育修道会と、ナミュール・ノートルダムの三つがあるように思います。

コングレガシオン・ド・ノートルダムは、東京の調布以外では、福島の桜の聖母学院や北九州の明治学園で知られています。

cnd1812ホームページによれば、「コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会は宣教的信仰に生きるカトリック女子修道会です。本会は、モントリオールの最初の教育者であり、新しいフランスの開拓者でもあった聖マルグリット・ブールジョワによって17世紀に創立されました」とあります。

工事が無事に終わり、会員の皆様にふさわしい修道院ができあがることを祈っております。

(「司教の日記」2018年12月24日の投稿より)




神田教会献堂90年

IMG_0090ケルンから戻りローマへ出かける間に、一つ重要な出来事がありました。

12月9日の日曜日に、神田教会の聖堂の献堂90年をお祝いいたしました。教会自体は140年ほど前に、再宣教の象徴として創立され、幾たびかカテドラルとしても指定された、東京教区にとって、重要な聖堂です。以下、当日の説教の原稿です。

神田カトリック教会献堂90周年感謝ミサ
2018年12月9日

神田教会の聖堂が献堂されて90年という節目の年に、神田教会の皆様と一緒に、この90年の神様の導きと護りに感謝して祈りを捧げたいと思います。 

IMG_0027現在の聖堂は1928年(昭和3年)に建築され、戦争中の東京大空襲からの難をなんとか逃れ、戦後には大司教座がおかれてプロカテドラルとされていたと伺いました。東京教区にとって、重要な聖堂であると共に、神田教会自体が禁教令が解かれた直後の1874年(明治7年)にその歴史を刻み始めたという、日本の教会の歴史にとっても重要な位置を占める教会です。

140年以上前の時代、この地にあってキリスト教の宣教に取り組んだ宣教師たちの苦労は、この自由な時代に生きている私たちには想像することもできません。数々の困難に直面しながらも、キリストの福音を宣べ伝えた宣教師たちの献身的働きに心から感謝すると共に、宣教師たちを助け共に福音を生きた私たちの信仰の先達たちの勇気に倣っていきたいと思います。

信徒数の伸び悩み、召命の減少、司祭・修道者・信徒の高齢化。後継者の不在。現代の教会が直面する課題を挙げ始めたらきりがありません。かつての時代のような肉体的な迫害は終わり、信教の自由が保障されています。しかし残念ながら、社会全体はその自由の中で、神に近づくどころか、少しずつ離れ去る道を選び、宗教に対しての関心も失っています。

関心を失うだけならまだしも、私たちの信仰の立場から見れば、神への挑戦としか見られない出来事も頻発しています。それはすなわち、神が愛すべき賜物としていつくしみのうちに創造され私たちに与えられたいのちへの挑戦であります。

IMG_0046私たちのいのちは、神がご自分の似姿として創造されたことで、限りない尊厳を与えられました。すべてのいのちが、どのような状態にあってもすべからく大切にされなくてはならないのは、私たちキリスト者が優しい人間だからではなく、イザヤ書にあるとおり、神がその一人一人を決して忘れることなく、その名を手のひらに刻んだといわれるほどに大切にされているからです。限りない愛を持って、すべての人を見守っておられるからです。

それにもかかわらず、私たちは、あたかも人間の知恵や知識がいのちを生み出し方のように錯覚し、その価値を自分たちで決めようとします。役に立たないいのちは生きる価値がないなどといてとしまいます。いのちを守ろうとしない時代に平和はありません。今の時代は、神に背を向けるだけではなく、挑戦しようとしています。

この時代にあって、私たちが福音に生きること、その福音をできる限り多くの人に伝えようとすることは、必ずしも歓迎されることではありません。いのちを守ることを最優先にしようとする姿勢は、時として夢を見るものとして揶揄される対象です。

そんな時代だからこそ、私たちは、臆することなく、積極的に勇気を持って、神の平和を告げたいのです。神が与えられた賜物であるいのちを守ることが、最優先だと主張したいのです。

わたしたちは、教会というのは単に聖堂という建物のことだけを指しているのではないことを良く知っています。第二バチカン公会議は教会憲章において、教会は神の民であると指摘したうえで、つぎのように述べています。

教会は、「神との親密な交わりと全人類一致のしるしであり道具」です(教会憲章一)。
ですからわたしたちは、この地域社会にあって「神との親密な交わりと全人類の一致のしるしであり道具」として存在する「神の民」であって、その共同体の存在こそが教会そのものであります。

しかしながらこの共同体には、やはり集い祈る具体的な場が不可欠です。その意味で、聖堂の存在は、わたしたちが神の民としての互いの絆を具体的に確認し、「神との親密な交わりと全人類一致のしるしであり道具」となるための目に見える場として、なくてはならないものであります。

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献堂90年を迎えたこの聖堂は、この地域にあってどのような存在となっているでしょうか。福音を告げしらせ、神の思いを伝えるための道具となっているでしょうか。神と人との親密な交わりを証しする場となっているでしょうか。人々の一致のしるしとなっているでしょうか。

またこの小教区の皆様は、この聖堂に入るときにどのような思いをいつも抱かれるのでしょうか。入るたびに、あまり快くない体験ばかりを思い出すのでは悲しい。そうではなくて、聖堂が、入るたびに心の安らぎと喜びを生み出してくれるような、そういう存在であって欲しいと思います。この聖堂に満ちている雰囲気は、すなわち教会共同体に満ちている雰囲気の反映です。現代社会に生きる神の民の心を映し出す鏡であります。

教皇フランシスコは、使徒的勧告「福音の喜び」において、教会のあるべき姿を明示されています。教会は、「出向いていく教会」でなければならないと教皇は言います。出向いていく教会は、「自分にとって快適な場所から出ていって、福音の光を必要としている隅に追いやられたすべての人に、それを届ける勇気を持つよう招かれている」教会です。

もちろん教皇は、まず第一にわたしたちに具体的な行動を促して、そのように呼びかけられています。神から与えられた賜物である生命を頂いているすべての人が、大切にされ神のいつくしみのうちに生きることができるような社会。それを築きあげることが、現代社会にあって福音を告げ知らせるキリスト者の使命であると教皇は主張されます。

同時に教皇は、わたしたちが教会の歴史の中に安住することにも警告を発しておられると思います。変化に対して臆病になりがちです。新しいことに挑戦していくことに、気後れしてしまいがちです。

日本の教会はいま、とりわけ地方の教会において、少子高齢化の影響を大きく受けて、どちらかと言えば規模の縮小期に入っています。そういうときに私たちはどうしても、いまあるものを守ることを優先して考えてしまいます。守ろうとするとき、わたしたちは外に対して固い殻をまとってしまうことさえあります。聖堂の雰囲気はそのわたしたちの心を即座に反映してしまいます。なぜならこの聖堂に満ちている雰囲気は、教会共同体に満ちている雰囲気の反映だからです。

献堂90周年にあたり、神田教会が、守りの姿勢に籠もってしまうことなく、あらためて社会の隅々にまで呼びかける教会として開かれるように、わたしたちと道をともに歩んでくださる主イエスの導きを願いましょう。

(「司教の日記」2018年12月24日の投稿より)




教皇様の来日の可能性が、高まりました

vat181203最終的には、教皇庁からの公式の発表がなければ確実とはいえないのですが、しかし、教皇様の日本への司牧訪問の可能性が、限りなく具体的になりました。

12月17日の月曜日は、教皇様の82歳の誕生日でした。前田枢機卿様は、6月の枢機卿親任の時から、名義教会の着座を12月16日と教皇庁と打ち合わせ、その際に、17日に教皇様への個人的な表敬訪問の約束を取り付けておられました。

枢機卿たちは教皇の顧問ですから、比較的自由に、教皇様との個人謁見の予約を取ることができます。

ところがその間、9月には教皇様が、2019年中の来日の可能性に公の場で言及されるという事態が生じました。そこで、急遽、その謁見の約束を利用させて頂いて、大阪、長崎、東京の三人の大司教が教皇様にお会いして、来日の可能性についてお伺いを立てることになりました。

というわけで、わたしは、当初の予定にはなかったのですが、急遽、12月16日の前田枢機卿名義教会着座ミサに出席し、さらに17日には教皇様や国務長官、18日には福音宣教省長官や列聖省長官と面談することに相成りました。

17日は、午前11時頃、誕生日と言うこともあっての特別の配慮で、前田枢機卿様に同行した25名ほどの日本からの巡礼団は、ケーキを持って教皇宮殿に入り、なんと、執務室の前室まで入れて頂き、そこで教皇様に直接、誕生日のお祝いを申し上げることができました。

そこで教皇様は、「この集まりは、私の訪日の食前酒みたいなものですね」といわれ、改めて訪日の意思を明確に示されました。

その後、前田枢機卿、高見大司教、私、アベイヤ司教、通訳の和田神父と教皇様の執務室で謁見。そこで教皇様からは、明確に、来年末頃(10月から12月の間)に、日本を訪れたい旨の発言がありました。教皇様は来年の日本における政治スケジュールをご存じで、そのように時期を希望されておられました。具体的な日時は、バチカンと日本政府との交渉で最終的に決まることですので、訪問の期間を含めて、今後の公式発表が待たれます。

教皇様からは、日本の高齢者の状況や青年たちの状況、そして核廃絶への取り組みへの質問があり、そのような教皇様の関心に基づいて、今後、日本におけるメッセージが準備されることになるかと思います。

同時に教皇様は、東北をはじめとした地震や津波の被災者の方々への思いも述べられ、この教皇様の思いをどのように具体化するか、これから考えていかなくてはなりません。

最終的には、日本滞在が何日になるのかで、具体的にできることが決められてくるのですが、教皇様の年齢や体調、その後のスケジュールも勘案しながら、できる限り多くの方々と会う機会を設ける努力をしたいと思います。

多くの方が、様々な思いや願いを持って、教皇様の訪日を待たれているとは思いますが、与えられる時間をどう生かすのか、そこに関わるのが教会だけではなくバチカンと日本の政府という関係もありますので、できる限り、教会の意向が尊重されて、司牧訪問が最優先されるように願っています。

(「司教の日記」2018年12月20日の投稿より。)




合同堅信式@新潟教会

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 昨年12月に私が東京へ着座して以来、新潟教区には新しい司教が任命されていません。ですから新潟の司教座は空位です。そのため、いまでもわたしは、東京の大司教とともに、新潟教区の教区管理者を務めています。一日も早く、新しい司教様が新潟教区に任命されるよう、皆様のお祈りを改めてお願いいたします。

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さてそういうわけで、新潟教区の合同堅信式を、11月11日の日曜日午前9時半から、新潟教会で行いました。新潟の司教を私は13年間務めましたが、合同堅信式を行ったのは初めてです。主に新潟県内の信徒の方を中心に、14名が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。

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またこの日のミサでは、拝領後に、子どもたちの祝福の祈りも行いました。10名近い子どもたちが元気に集まっていたのには、うれしい驚きでした。心も体も健やかに育ちますように。

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ミサ後には信徒会館でお祝いの茶話会。前日から用意してくださった軽食を頂きながら、しかも準備された椅子では足りずに、椅子の補充をしなければならないほど多くの方が参加してくださいました。

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茶話会では、私の還暦のお祝いのケーキも頂き、また質問コーナーもあって、久しぶりに新潟での楽しいひとときを過ごしました。

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また前日の土曜日には、集会司会者、聖体授与の臨時の奉仕者の養成講座も行われ、全三回の二回目のこの日には、40名以上の参加者が、新潟県内だけではなく山形県からも、また遠くは秋田からも駆けつけてくださいました。講師は教区管理者代理の大瀧神父様。

ちょうど新しい集会祭儀の儀式書も出たことですし、これからの日本の教会の現状を考えたとき、集会祭儀をふさわしく行う養成を行うことは不可欠です。現実の司祭志願者の数と、現役司祭の年齢を考えれば、数年後には各地で、小教区すべての司祭を配置することは不可能となります。それはすでにいくつかの教区では起こっていることです。司祭の数の増減に左右されて、小教区の数を変更するべきではないのですが、かといってすべての小教区でこれまで通りのミサが行えるかどうかは、厳しい挑戦であると思われます。その中で信徒の方々がふさわしく役割をになってくださり、共同体の祈りの場を保ち続けることは重要です。これから、たとえば東京教区でも、集会祭儀の司会者のふさわしい養成が必要になると考えています。




合同追悼ミサの説教@カテドラル

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この数日は、いろいろなところでお話をさせていただく機会をいただきました。まず水曜日の午前中には、府中にあるミラノ会の総会で、集まっていた会員の皆さんに、東京教区の福音宣教についてお話しいたしました。ミラノ会の宣教師の皆さんには、東京をはじめ、各地での宣教司牧への貢献に感謝します。

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そしてその日の夕方には、上石神井にある神学院へ出かけ、神学生の静修でお話をさせていただきました。夕食後に一時間、そしてそのまま神学院に泊まり、翌朝に一時間。そしてお昼前には一緒にミサを捧げ、お昼を一緒にいただいて戻りました。

神学生たちを前にして思うこと。私が今60歳ですから、健康が許せばこれから15年間は司教職を続けることになります。そうすると15年後くらいに教会のリーダーとなっているのは、目の前にいる神学生たちであろうと思います。もしかしたらその中から司教が誕生するかも知れない。15年後が楽しみです。神学院はこれからの長い司祭生活の霊性の土台を築き上げる時期ですから、その時間を有効に生かしていっていただきたいと願っています。

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以下、先日11月4日午後に東京カテドラルでささげられた、合同追悼ミサの説教原稿です。

イエスをキリストと信じる私たちは、イエスに結ばれることで、「イエスを信じ、その御体を食べ、御血を飲む人々を世の終わりに復活させてくださる」のだと確信し、永遠のいのちに生きる大きな希望を持ちながら、この人生を歩んでいます。

同時に、「私をお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人をひとりも失わないで、終わりの日に復活させることである」と言われたイエスの言葉への信頼のうちに、いつくしみ深い神が、その深い愛をもって、すべての人を永遠のいのちのうちに生きるよう招かれていることも信じています。

葬儀や追悼のミサで唱えられる叙唱には、「信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠のすみかが備えられています」と私たちの信仰における希望が記されています。

わたしたちの人生には時間という限りがあり、長寿になったと言ってもそれは長くて100年程度のことであり、人類の歴史、全世界の歴史に比べれば、ほんの一瞬に過ぎない時間です。この世のいのちに限るのであれば、その程度の時間しか、私たちには与えられていません。

人生には順調に進むときもあれば、困難のうちに苦しむときもあります。よろこびの時もあれば、悲しみの時もあります。人生において与えられた時間の間には、自らの努力の結果を味わうことができないこともあります。仮に私たちのいのちが、人類の歴史の中における一瞬ですべてが終わってしまうとしたら、それほどむなしいことはありません。

しかし私たちは、歴史におけるその一瞬の時間が、実は永遠のいのち一部に過ぎないことを知っています。ですから私たちは、「人生が一瞬に過ぎないのであれば、その中で様々な努力をしたり善行をすることはむなしい」、などとあきらめてしまうことはありません。永遠のいのちの流れを見据えながら、わたしたちは常により良く生きるように努力を生み重ね、この命を懸命に生きたその報いが、永遠のいのちに必ずやつながっていくことを信じています。

昔、アフリカのガーナで働いていたとき体験したことを少しお話ししたいと思います。ガーナの人たちからしばしば、「祖先たちは今でも皆と一緒に生きている」と言うような話を聞いたことがあります。初めての家などを訪問すると、必ずライベーションが行われました。お酒を、祈りの言葉とともに、少しずつ地面に注ぐ儀式です。どうしてそうするのかと尋ねたとこと、「祖先たちは今でも皆と一緒に生きている」と言われたのです。

つまり、人は死んでいなくなってしまうのではなく、目に見えない形で生きていて、一緒にいるのだ。だから客人が来たら、祖先たちに、この人は悪い人ではないから機嫌を損ねないでほしいと酒を注ぐのだというのです。

祖先たちが一緒に生きているのだという感覚は、大切だとそのとき思いました。キリスト教の信仰に通じるところもあるからです。

私たちも、信仰宣言で「聖徒の交わり」を信じると宣言しています。そもそも教会は「聖徒の交わり」であります。私たちは地上の教会において、御聖体を通じて一致し、一つの体を形作っていること、互いに与えられた賜物を生きることによって体全体を生かす分かち合いにおける交わりに生きています。同時に教会は、地上で信仰を生きている私たちの教会が、天上の教会と結ばれていることも信じています。カテキズムには「地上で旅する者、自分の清めを受けている死者、また天国の至福に与っている者たちが、皆ともに一つの教会を構成している」と記しています。

ですから私たちは互いのために祈るように、亡くなった人たちのために祈り、また聖人たちの取り次ぎを求めて祈るのです。そのすべての祈りは、一つの教会を形作っている兄弟姉妹のための、生きた祈りであります。死んでいなくなってしまった人たちを嘆き悲しむ祈りではなく、今一緒になって一つの教会を作り上げているすべての人たちへの生きた祈りであります。

確かに、祖先たちは、ガーナで言われたように、死んでいなくなってしまった人たちではなく、今一緒になって生きている人たちだと言うこともできるでしょう。

伝統的な信仰の中で、死後すぐに私審判を受け、世の終わりの最後の審判までの間、煉獄で清めの時を過ごす霊魂のために祈ることが勧められてきました。その伝統はなくなってしまったわけではありませんし、教会の教えから、天国や煉獄や地獄がなくなったわけでもありません。

「死者のためのわたしたちの祈りは、死者を助けるだけではなく、死者がわたしたちのために執り成すのを有効にすることができる」とカテキズムに記されています。

私たちは、互いに祈り合う一つの教会に生きているのです。
私たちに先立って永遠のいのちへと旅立たれたすべての霊魂を、いつくしみ深い御父のみ手にゆだねましょう。また私たち一人ひとりも、神のめぐみといつくしみのうちにこの人生をより良く生き、いつの日か先達とともに御父のもとで、ともに永遠のいのちに与ることができるように、「旅する神の民にとって確実な希望と慰めのしるしとして輝いている」聖母マリアの取り次ぎのうちに、神の導きを祈り求めましょう。